行く川の流れ





CN25周年記念初代会長
樋口 嘉章

「ゆく川の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、ひさしくとどまりたるためしなし。」ー方丈記ーと、クラブ発足より二拾有五星霜。友は去り、又 来たりて各人の自覚と努力により、充実発展の一途を辿っているのは、喜ばしい極みです。

顧みますに、昭和五十年九月二十日、箕面観光ホテルに四十人が集まり、意味も、面々の顔も分からず徐に坐っていると 会が開かれた。ライオンズのラも知らず、勧誘されるまま入会し、説明会があった。矢鱈に横文字が使われ えらいところへ入ってしまったと思った。後に 設立準備会といい、エクステンション委員長 L三河寛治と分かった。

その年の師走七日に 豊中南ライオンズクラブが親で呱々の産声をあげ、大阪エアポートホテルで結成式が行われ、初代会長に推され暗中模索、五里霧中の内に五月を迎えた。右も左も分からないメンバーは、五月十六日 ロイヤルホテルで認証状伝達式ーチャーターナイトーを行うため、各クラブに出向いて出席依頼、又 伝達式典があれば、京・和歌山と後学のため出席するように努力したものだ その時どの式典でも式辞が紋切り型で、心に響くものが少なく、宴も通り一辺のように感じられ、侘びしく帰路につく事だった。

チャーターメンバー六十名の面々、我々の式典について種々思いを巡らし、今迄担い式典をと叡知を結集して当日を迎えた。

会場を埋めつくした二千名近いメンバーが固唾を呑んで居並ぶ中、重厚な式典が次第の順を追って進む中、会長謝辞と司会者より名指しされ 徐に壇上にあがり式場内を見渡したところ、咳一つなく凝視されているのには驚いたのであった。講堂に全校生集めて話をした事も再度、白衣を着、着装して神前にて祝詞を奏上したりはしているが、ブラザークラブの皆の前で詞を述べる事は始めてで、我ながらの言の葉で謝辞を述べて静々と降壇した。会場からは異様とも思える吐息がもれていた。

第二部は打って変わって、拍子木の音色とともに華やかな京 祇園に古くより伝わる 手打ちの儀から、舞、小唄と一時間ほどの祝舞に万場を魅了し、古い伝統の技に心ゆくまで、堪能してもらえたと確信した次第でした。

豊中北ライオンズクラブのこの式典は、私にとっても 又 出席の各クラブメンバーにとってもかく厳粛で優美で、何時迄も心に残り、空前絶後の式典であったと自負しております。

心静かに去りにし時を省みるに、歴代の会長を盛り立て一致協力し、一歩一歩地に足を踏みしめ今日に至った事を喜んでおります。論語に 子川上に在りて曰く、「逝く者はかくの如きか。昼夜を舎てず。」と、瞬時も途断えることなく精進努力すべきで、己に厳しく一歩でもライオンズクラブの真意に近づくことが、己の為であり、各人が互いに理解を深め、強い絆で結ばれてこそクラブの発展に寄与することになると思います。

爾後、この節目を深く心に銘し、吾がクラブの向栄なることを心から祈念し筆を置きます。