ACCS事件の問題の所在はどこにあるか

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不正アクセスとは何か。社会的なコンセサスが不十分ではないか。あるいは、不正アクセス禁止法に、根本的な欠陥があるのかも知れない。
例えば、溝で囲われている畑で大根を栽培していたとする。その畑の入り口には橋があって、畑の前のドアには鍵がかけてある。
ドアの鍵をビッキング技術で開けて侵入して大根を取り出した場合でも、ドアの横の溝に板を渡して侵入して大根を取り出した場合でも、どちらも不法侵入であり、窃盗となるだろう。それとも、溝に板を渡して侵入した場合は、鍵を不当に開けたのではなから、不法侵入ではないというのだろうか。
侵入した方法が問題ではないだろう。侵入した場所と行為なり、その行為や目的が問題なわけである。他人の持ち物である場所に、手段はどうであれ、勝手に侵入したかどうかが問題となるわけである。すなわち、ビッキングで侵入しようと、溝に板を渡して侵入しようと、不法侵入には変わりはない。
これをインターネットの仕組みの中で置き換えて考えたとき、他の人に勝手に入ってきてほしくない領域と、その他の領域との線引ができているかどうかが、基本的問題ではないだろうか。そして、それらの領域を法律でどう区別し、認識し表現しているか。また、利用者にその領域をどう認識できるようにしているかの問題ではないかと思う。
こう考えれば、今回のACCS事件で、不正アクセスしたとされる被告人が侵入した場所が、一般的に鍵を開けないと入れない領域であったかどうかが問題であろう。侵入した場所が入って欲しくない場所であった場合、入り口の鍵をピッキングで開けて(パスワード破りで)侵入しなくとも、ドアのとなりの溝に板を渡して(ブラウザやCGIを使って)侵入したとしても、不法に侵入したことには変わりないだろう。逆に、誰でも入って良いと言う領域であれば、板を渡そうが、ビッキングで侵入しようが、不法侵入とはならないだろう。
「方法」(技術?)は、時と共に変化する。この「方法に網をかける」(規定する)ような法律は、常に変化する技術とともに、それの解釈の問題を内包することになる。
今回の事件で思うことは、人が隠して置きたいと思う場所に侵入して、そこにある内容を一般の人に公表することは、やはりまずいと思う。しかし、反面、簡単に侵入できると指摘されたら、謙虚に聞く耳を持たないのも、いかがなものかと思う。
私が思うに、こう考えていくと・・・。裁判所は大岡裁定を出せるかどうかかも知れない。
さて、今回の事件を現行法でどう解釈するかは別に、前述の観点から不正アクセス禁止法から「方法の規定を排除」して見直すことが必要ではないだろうか。一方、内部告発者保護法ではないが、システムの脆弱性などを指摘することを合法的に認めた上で、不正アクセスとは別に考えたハッカー保護法のような法律の制定が必要なのではないだろうか。今回の事件を糧に、ぜひ、これらを整理し、検討してもらいたいものである。

参考報道
「ACCS裁判、弁護側は「特定電子計算機」の定義を問い直す」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0411/22/news063.html

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更紗 :

こんばんわ。

トラックバック3回も送ってごめんなさいm(。_。;))m ペコペコ…
送信エラーが出るんですよ。
どうしてかなー・・・

更紗 :

こんばんわです

トラックバックエラーの件ですけどmt.cfg を編集して修正しました。
http://sarasa.itigo.jp/archives/2004/11/post_69.html

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このページは、弁天小僧が2004年11月24日 20:49に書いたブログ記事です。

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