IT技術者のためのデジタル犯罪論  弁護士 五右衛門(大阪弁護士会所属 服部廣志)

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  目  次

二 アナログ犯罪論「もの概念」からの脱却

1 電気窃盗の新設

 刑法における「もの」概念は、電気窃盗において、ひとつの限界事例を示している。
  

(窃盗)
刑法235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役に処する。

 「もの」とは有体物であるとされ、有体物とは、「形のあるもの」と理解されてきていた。「もの」を取れば窃盗の罪、「もの」を強奪すれば強盗の罪とされてきた。
窃盗の行為である窃取とは、占有を奪うことと解釈されており、その行為態様から、窃盗の罪でいう財物とは、「占有可能なもの」とも理解されることとなる。

 電気のようなエネルギーであっても、それを蓄えている電池、蓄電池、バッテリー等を盗めば、形のある電池など「有体物」を盗んだということで、窃盗の罪や強盗の罪で処罰することが可能であった。それは、電気というようなエネルギーを蓄えている電池などの有体物である入れ物、「いわば箱を保護する」ことにより、その中に蓄えられているエネルギーを窃盗などの犯罪から守っていたのである。

 しかし、電力会社の電線から、ケーブルを引いて、直接、電気というエネルギーを盗む人間がでてきた。いつの時代でも、通常の想定をひっくり返す悪い奴、というかユニークな人間はでてくるものです。文字どおり、電気エネルギーのみを盗んだのである。
この場合、電気というエネルギーを入れた有体物、箱を盗んでいない。

 これでは、窃盗や強盗の罪に該当するものとして、電気エネルギー窃盗を防止することはできないのではないか。
このようなことから、刑法245条が設けられたのである。
窃盗の罪や強盗の罪に関しては、「電気は、財物とみなす」という条文を新設したのである。

(電気)
刑法245条
この章の罪については、電気は、財物とみなす。

 ここに、「電気は、財物とみなす」というように「みなす」という表現がなされている。 これは、「電気は、もの、財物ではない」けれど、「財物、もの」として取り扱うという意味なのである。
電気エネルギーは、「もの」ではないことを認めたうえで、窃盗の罪や強盗の罪については、「財物、もの」と同様に取り扱うという趣旨の規定なのである。 

 

 電気窃盗において、これを旧来の「もの」概念には包含することは困難であるという理由で、電気窃盗の罪が新設されたのである。
「電気エネルギー」を従来の「もの」概念で、把握することはできないというひとつの結論であった。


図2

法注書き・財物概念の争い(刑法各論より)
有体性説 =財物とは「有体物」を言う。
管理可能性説=「管理可能」な限り無体物も財物である。
物理的管理可能性説=自然界にある物質性を備えた「管理可能」なものに限る。
判例(大審院明治36年5月21日判決)=電気は管理可能であるから財物である。

 

 

2 「物」には「プログラムを含む」との法による個別修正

 不正競争防止法

(定義)
第2条  この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
10  この法律にいう「物」には、プログラムを含むものとする。

 不正競争の手段、道具は、物に限らず、「有体物」という概念の枠外にあるコンピュータープログラムも手段、道具になり得るからである。
 インターネット社会の象徴ともいえる。

 

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