IT技術者のためのデジタル犯罪論  弁護士 五右衛門(大阪弁護士会所属 服部廣志)

  目  次

アナログ構成要件の崩壊-FLマスク事件

2 アナログ構成要件の崩壊-FLマスク事件

 FLマスク事件を考えてみる。

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岡山地裁平成9年(わ)第220号わいせつ図画公然陳列被告事件

 この事件では、被告人らに対し、懲役1年に,懲役1年6か月の3年間の執行猶予付の有罪判決がなされている。

  その犯罪事実の概要は、次のようなものである。
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  被告人両名は,わいせつな図画を不特定多数のインターネット利用者に有料で閲覧させようと考え,共謀の上,
女性の性器などを露骨に撮影したわいせつ画像の性器部分に,
「エフ・エル・マスク」と称するマスク付け外し機能を有する画像処理ソフトを使用すれば容易に取り外すことができるマスクを右ソフトを使用して付した上,
同画像データ分を,サーバーコンピューターに送信し,同コンピュータの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶・蔵置させ,
インターネットの設備を有する不特定多数のインターネット利用者が,電話回線を使用し,右データを受信した上,右ソフトを使用すればマスクを取り外した状態となるわいせつ画像を復元閲覧することが可能な状況を設定し,
右各データにアクセスしてきたXら不特定多数の者に対して右データを送信して,右わいせつ画像のデータを再生閲覧させた,
もって,わいせつな画像を公然と陳列したものである。

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 この裁判では、多様な点が議論されているが、裁判所の判決の論旨の概要は、次のようなものである。

 (データーであって、「もの」は存在しないから無罪との点について)

 弁護人らは各事実についてその外形的事実は認めるものの,被告人らがサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶・蔵置させた画像はいずれもその性器部分に画像処理ソフトであるエフ・エル・マスクのソフトによりマスク処理され,性器部分が見えないようにされたものであるから,わいせつ性はなく,かつ,被告人らが送信して記憶・蔵置させたものは情報である画像データであるから,有体物であるべきわいせつ図画は存在せず,従って陳列行為もないから,わいせつ図画陳列には当たらないとして,無罪であると主張する。

1 マスク処理した画像のわいせつ性

  本件画像データは,エフ・エル・マスクがかけられているため,これをそのままパソコンの画面に再生しても性器部分は見えないが,このマスクを取り外せば,男女の性器や性交の場面が露骨に撮影されたものであることは一見して明らかであり,これがわいせつ性を有することは十分認めることができる。

2 エフ・エル・マスクについて

  エフ・エル・マスクとは,画像処理ソフトの1つであり,このソフトを使用して,マウスポインタで囲った範囲をクリックすることによって,その部分の画像をネガポジ反転させてマスクをかけることができ,再度その部分をクリックすれば画像は元に戻ってマスクが外れるというソフトである。

  エフ・エル・マスクは,このソフトを持っている者にとっては,その場で,直ちに,容易に取り外すことができる,付け外し自在なマスクである。

 エフ・エル・マスクのソフトは,インターネット上にホームページが開設されており,インターネットを利用する者は誰でもアクセスすることが可能であり,45日間の試用期間中は無料で試用することができ,試用期間経過後は1500円を支払えば継続して使用することができる有料のソフトである。このソフトのホームページにアクセスした者は述べ10万人以上であり,このソフトの購入者は2万5000人を超えている。また,このソフトは,パソコン専門雑誌である「お遊びインターネット完全マニュアル」誌上で,マスク付け外しソフトとして詳細に紹介されており,この雑誌は数万部が発行されている。したがって,エフ・エル・マスクは,インターネット利用者の間では,マスク付け外しソフトとして広く普及しており,インターネットでアダルトページにアクセスする者の常識となっている。

 被告人らは,エフ・エル・マスクのソフトについて,その存在と効用を十分に知っていたものであって,このソフトを持っている者にとってマスクはあっても無きに等しいものであると考えていた。

  そして,被告人らは,被告人らのホームページにアクセスしてくる者はそのほとんどがエフ・エル・マスクのソフトを持っていることを予想していたし,画像を見るときには当然マスクを外して見ることを予想していた。

  また,被告人らは,自己のホームページに,「今では常識となっているマスク(モザイク)外し等のインターネットでは常識となっている事がたくさんあります」との文章を入れて,利用者に対してマスクを外して画像を見ることを示唆している。

 被告人らは,エフ・エル・マスクのホームページ開設者から,そのホームページに被告人らのホームページをリンクすることの申し出を受けてこれを承諾し,これによってエフ・エル・マスクのホームページから被告人らのホームページへ直接行く事もできるようになっている。

 以上のとおり,インターネットでアダルトページにアクセスする者は,ほとんどがエフ・エル・マスクのソフトを持っており,このソフトを利用すれば,マスクの付け外しは,その場で,直ちに,容易にできるものであり,被告人らはそのことを知っていたし,被告人らのホームページにアクセスしてくる者はマスクを外して画像を閲覧することを予想していたものである。

 そして,画像にマスク処理が施されていても,マスクを外すことが,誰にでも,その場で,直ちに,容易にできる場合には,その画像はマスクがかけられていないものと同視することができると言うべきであり,この場合の基準となる人的範囲はインターネットでアダルトページにアクセスする者とすべきである。

 よって,被告人らがサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶・蔵置させた画像にはマスク処理が施されてはいるが,被告人らのホームページにアクセスしてくる者のほとんどにとっては,その場で,直ちに,容易にマスクを外すことができるのであるから,マスク処理が施された画像自体がわいせつであると認めることができる。そして,前記の事情から,被告人らは,これがわいせつであることに認識があったものと認めることができる。

 (わいせつ図画の存在について)

 刑法175条に言う「公然の陳列」とは不特定多数の者が観覧しうる状態に置くことと解するべきである。

  本件において被告人らがサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶・蔵置させた物は情報としての画像データであり,有体物ではないが,インターネットにより,これをパソコンの画面で画像として見ることができる。

  そして,ここにおいて陳列されたわいせつ図画は,サーバーコンピューターではなく,情報としての画像データであると解するべきである。

  有体物としてのコンピューターはなんらわいせつ性のない物であり,これをわいせつ物であるということはあまりに不自然かつ技巧的である。

  また,わいせつな映像のビデオテープやわいせつな音声を録音した録音テープがわいせつ物であることは確定した判例であるが,これらの場合も,有体物としてのビデオテープや録音テープがわいせつであるわけではなく,それらに 内蔵されている情報としての映像や音声がわいせつであるにすぎない。

  科学技術が飛躍的に進歩し,刑法制定当時には予想すらできなかった情報通信機器が次々と開発されている今日において,わいせつ図画を含むわいせつ物を有体物に限定する根拠はないばかりでなく,情報としてのデータをもわいせつ物の概念に含ませることは,刑法の解釈としても許されるものと解するべきである。

  したがって,被告人らの本件行為は「わいせつ図画」を「公然と陳列」したものということができる。

 なお,弁護人らは,インターネットは世界規模での情報通信であるから,我が国だけで規制しても効果はないと主張するが,これが我が国においてインターネットによるわいせつ情報の規制を否定する理由とならないことは明らかである。

 よって,弁護人らの主張は理由がない。

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 この岡山地裁判決は高裁でも支持され、被告人の有罪が確定している。

(わいせつ物頒布等)

刑法175条

  わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。

  販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする。

 この有罪判決の論理は、「わいせつ物」という有体物を意味するかのような概念に、「情報としてのデイジタルデーター」も含まれると解釈しても許されると明言している。

 刑法の世界においては、罪と罰は、あらかじめ法律により定められていない限り、有罪として処罰してはならない、という罪刑法定主義の大原則があり、刑法的な解釈としては、「よく似たものだから、同じように考えよう」というような論理、類推解釈は許されないものの、「罪を定める言葉、表現を拡大して解釈すること」(拡大解釈)は必ずも禁止されていない」とも言われている。

 類推解釈    →   罪刑法定主義に反するものとして、許されない

 拡大解釈    →   許される


図8

【法定手続の保障】

憲法31条

  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 この憲法の定める法定手続きの保障は、近代刑事手続きの大原則である罪刑法定主義をも宣言しているものと解されているのである。

 刑法上許されない類推解釈と許される拡大解釈は、どこが違うのか、どのような基準で、許される解釈と許されない解釈を区別するのか、というような議論があるものの、ここではこの議論はさておき、わいせつ犯罪に関しては、裁判所は、「有体物」、「もの」という概念を捨てた、ということに大きな意味がある。

 なぜ、捨てたのか、なぜ、捨てることができたのか。

 窃盗の罪などにより、他人に奪われないものとして保護されている対象物は、一体、なんなのか、という「何を保護法益と考えるのか」、という電気窃盗の場合の窃盗や強盗の場合と異なり、法律が保護しようとしている保護法益である、健全な性道徳観念や秩序を守るについて、その法益を侵害する可能性が十二分に認められ、というより、「もの」概念によるわいせつな写真など以上に、このような法益侵害の可能性が大である、新たな脅威についてどう考えるのか、その脅威に存在については、「もの」概念に固執する必要性がないのみならず、もともとその脅威は、音声や画像自体にあるはずである。もともとの脅威は、「もの」ではなく、その「もの」に蓄積ないし化体されている音声や画像などの情報自体にあったはずではないのか。

  このような理解、そして脅威を与えるものは情報であったはずであるという理解とともに、罪刑法定主義の基本的な前提としての、常識的な理解、観念という視点からみても、問題はない、という発想が、わいせつ物にはデイジタルデーターを含むという判決の論理の根底にあるように思える。

 刑法の理論も、理論のための理論ではなく、社会秩序を維持するという刑法の使命と社会常識に裏打ちされているものとも言える。

 デイジタルデーターの法的評価は、

イ 無色なデジタルデーターを、豹変させる道具の評価

ロ 豹変したものの評価

ハ デジタルデーターとそれを豹変させる道具との結びつきの契機と評価

との総合的な評価により、決せられるものということが理解可能である。

また

法律は生き物であるとの理解もできるかもしれない。

 

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