IT技術者のためのデジタル犯罪論  弁護士 五右衛門(大阪弁護士会所属 服部廣志)

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  目  次

Winny改善版の制作とWinny事件への影響

一 Winnyの問題とその改善

1 Winnyの作者が、「情報流出や著作権侵害を防止しやすい、新たなファイル交換ソフトを開発した」と報道されている。

2 これについて、東京弁護士会の落合洋司弁護士がそのBlogで「技術者として、より性能の良いソフトを開発し世に出し、公判での主張に説得力を出し検察・警察ストーリーを撃破するための後方作戦、と見ました」と記載し、Winny弁護団の大阪弁護士会の壇俊光弁護士はそのBlogで「落合先生の評釈は、弁護側の立証意図にまで踏み込んだ記述がなされている」と記載し、Winny改善版開発と発表の意図について、落合弁護士の推論が当を得ている旨を認める記載をしている。

3 弁護団の主張は「著作権侵害の意図はなかった」、「P2Pというような社会的に有用なプログラム開発とその公開をした行為をして、著作権侵害の幇助として立件することは、社会的に有用なプログラム開発の意欲と意思を萎縮させるものであり、不当である」というようなものと理解でき、Winnyの改善版の開発を発表することで、「Winnyの有用性を補強」し、「著作権侵害の意図はなかったことを補強」しようとするもののように思える。

 現に、落合弁護士は、そのBlogで、「現時点で有罪・無罪を軽々に論じることは困難ですが、検察・警察ストーリーが、徐々に色あせて見えてくるような気がしてきました」と記載している。

4 しかし、両刃の剣と理解するのが正当であろう。

イ 著作権侵害を防止しやすいP2Pソフトを開発し、P2Pソフトの有用性を主張するのには意味がある。

ロ 他面、「何故、改善版のような機能の開発に意を注がず、著作権侵害防止が困難なままのWinnyを発表、頒布したのか。何故、改善版開発まで、その頒布を待てなかったのか」、「Winnyの発表、頒布の行為」に、「+アルファ行為」がなかったのか、と問われることとなる。

ハ 両刃の剣となる。

 それがどちらに転ぶのか、判決が示すだろう。

5 弁護側の視点の欠落

 弁護側は、「技術としてのP2Pソフトであるウイニーの技術的有用性」を一生懸命主張しているようである。

 しかし、「その技術を、どう社会に取り込み、どのような有用性を発揮できるのか」という「現実的、社会的有用性の有無とその内容の吟味と検討」の主張が欠落しているようである。
この点の明確な主張、立証がなされなければ、前記のとおりの本件の真の争点である「+アルファ」の有無についての適切な反論、防御にはなり得ないように思える。

 この点が、平成18年3月26日時点での弁護側の欠落視点である。

 今回の裁判の冒頭陳述で、検察官は、被告人は著作権侵害を幇助したと主張している。対して、弁護人は、ウイニーの有用性を主張し、逮捕の不当性を立証しようとしている。私は、この弁護人の言う立証のためには、ウイニーのシーズ(技術の種)の有用性の立証ではなく、社会からのニーズ、社会での有用性を立証すべきであろうと考えている。

 さて、今回の公判での被告人の証言全般から、被告人は、ウイニーの利用者は、ウイニーを著作権侵害のツールとして使っているということは認識していたと思われる。また、被告人の証言から推察するに、被告人は、ウイニーが社会に与える影響(著作権法に与える影響)については十分認識していたようように思われる。にも係わらず、自分の思いついたアイディアを実証したいとの思いから、実社会を実験台にして、ウイニーを開発していたことになる。すぐれた技術とは言え、このような開発手法には、大変な違和感を覚える。

 第12回公判で、ウイニー事件の正犯は「ウイニーがなければ、アップロードはやっていない(著作権侵害行為はしなかった)」とし、「こういうシステム(ウイニー)自体なくなった方がよい」と証言している。

 一方、被告人は、自分はプログラムを作る人で、使う人は自己責任で使っているのだと主張している。第17回公判の中でも、弁護人の問いに対して、「ソフトウエアの開発は中立なのであって、幇助となることは足枷である。私としては許すことができない。」と証言している。もっともな考えのようにも映る。

 しかしながら、自分が研究開発のために提供するプログラムによって、社会の多くの人が、法律違反を犯す恐れがあることを知りながら、あるいは、それを使って法律違反を犯していると知りながら、その人達を利用して、自分のアイディアを実験、開発するといった行為は、法的にどうであれ、技術者としては慎むべきことではなかろうか。
こういった行為が法的に言う「幇助」になるのか「教唆」になるのか、あるいは法的にはなんら問題ないことなのかは別にしてである。

 技術者は、技術のシーズ(技術の種)だけに目をとらわれてはいけないだろう。特に、社会の基盤となる技術の研究開発に携わる者は、シーズ至上主義に陥ることなく、その技術が社会に与える影響を考慮し、意識して研究開発することを忘れないで欲しいと強く思う。

 弁護人は、ウイニーの技術は社会の基盤となる技術と主張するのであれば、ウイニーのシーズ(技術の種)の有用性ではなく、社会からのニーズ、社会的有用性を説得的に立証すべきであろう。

 これが、今までのウイニー裁判の傍聴録を読んでの、私の感想である。

(http://www.ofours.com/bentenkozo/)

 

6 あるPC技術者の感想

 あるPC技術者は「私の加入しているプロバイダでは、近い内に、ウイニー通信を全面的に規制するようである。ウイニーは、技術として優れていたとしても、社会に与える影響が大きく、社会には受け入れがたい技術だったということであろうか。

 プロバイダの処置も仕方のないことであろう。

 ウイニーを使いたければ、他のプロバイダに契約変更する必要がある。しかし、いままでウイニーを使ったこともなく、これからも使う必要もないので、私に取っては影響はないのだが。」と述べている。

 私は、現在、Winnyの社会的有用性の有無とその内容については、知らない。

二 P2P型コンテンツ配信

1 INTERNET Watchの記事に「IIJ、Winnyを応用したP2P型コンテンツ配信「SkeedCast」を本格展開へ」で、新しいコンテンツ配信方式で、コンテンツを配信するといった記事が掲載されているという。

坂田氏はSkeedCastの特徴について、P2Pネットワークを「コンテンツ提供者」「配信ネットワーク」「視聴者」の3つの役割に分割した点にあると説明。配信ネットワークを構成する「SkeedCluster」は、Winnyと同様にP2P型のネットワークを自動的に構築する。ただし、このネットワークにファイルをアップロードできるのは「EntryNode」と呼ばれる専用のノードに限られ、視聴者側は「SkeedReceiver」と呼ばれるダウンロード専用のノードとなる。


2 あるPC技術者(弁天小僧氏)の感想

http://www.ofours.com/bentenkozo/

 このサービスは、前の記事「P2P技術を用いたファイル共有機能「AllPeers」」で書いたような、個人間でファイルを共有するというものではなく、あくまで、コンテンツの発信者と受信者がいるコンテンツの「配信」である。その配信システムのインフラ技術としてウイニーの技術を利用するというものである。

 さて、ウイニー裁判などで、ウイニーが語られる場合、ウイニーはファイル共有ソフトとして語られることが多い。しかし、ウイニーの機能からすれば、「共有」というよりも「配信」あるいは「放流」という言葉がぴったりくるように思う。すなわち、ウイニーは、ファイル配信ソフト、あるいは、ファイル放流ソフトと言った方が、機能なり開発コンセプトに馴染むように思う。

 ウイニーは、個人のコンテンツを公のコンテンツ(誰でも使えるコンテンツ)として配信するソフトと言えるのではないだろうか。

 ウイニーは、技術面からはpeer-to-peerソフトであり、機能面からはpersonal-to-publicソフトと言えるように思う。

 蛇足ではあるが、今回のウイニー裁判で、検察官は、ウイニーの技術、すなわちP2P技術を違法であるとして問題にしているとは思えない。その技術を使ってした行為を問題にしていると思う。

 五右衛門さんの「IT技術者のためのデジタル犯罪論」の中で言うプラスアルファの部分であろうと思う。今回の二つの記事は、このプラスアルファを理解し整理する上で、一つの手がかりになるのではないかと思い、感じたことをまとめた。

3 上記についてのコメントである(Winny事件についてのハスカップさんの見解)

「検察はWinnyやP2Pを違法視(違法扱い)している」とは弁護人がそう主張しているだけで、検察側は著作権法違反を幇助した点を違法視しているだけのようです。

  そもそも誰が見ても技術自体は中立的なのは分かりきったことで、その使い方(作成配布を含む)という行為が問われているんだから、弁護人の主張は検察側攻撃の法廷技術としても決め手を欠く(効果がない)のではないかと思います。

 

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