IT技術者のためのデジタル犯罪論  弁護士 五右衛門(大阪弁護士会所属 服部廣志)

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  目  次

アナログ法体系とデジタル・ネット世界の衝突-Winny事件

3 アナログ法体系とデジタル・ネット世界の衝突-Winny事件

 いま、IT技術者や法律家の間で話題となっているWinny事件というものがある。

  東京大学の先生が、インターネット上で、自由にファイルの交換が可能な、WinnyというP2Pプログラムを開発して、自分のホームページ上で公開して、ダウンロードフリーにしたうえ、ファイル交換による著作権侵害(著作権者の有する排他的な複製権を侵害した)を助けた、幇助したという事件であり、現在も、京都地裁で裁判中の事件である。

正犯の事件

(著作権者が保有する)Aファイル

(Winnyを利用したダウンロードという方法により)

Aファイルと同一内容のBファイルをつくった

幇助犯の事件

1 Winnyを開発して、公開するなどして

2 正犯の著作権侵害を幇助する意思で

3 正犯の著作権侵害行為を幇助した

 現在、このWinnyというプログラムをダウンロードして、他人が著作権を有する映画を無許可でダウンロードしたという正犯の人に対しては、既に有罪の判決が下されており、このWinnyというP2Pプログラムを開発、公開した東大の先生に対する著作権侵害の幇助事件が、刑事裁判で争われている。

IT注書き

  P2P=インターネット上で、サーバーを介さず情報を端末同士で交換する技術。専用ソフトをダウンロードした「参加者」が、自由にファイルを提供したり取得したりできる。 ソフト利用者同士が画面上で交渉して交換する手法のほか、誰かが公開したファイルを一方的に複製する場合もある。

http://www.asahi.com/business/update/1229/062.html

peer to peer Lan

  中心となるホストコンピューターが存在しない、上下関係がないLanのこと(事典699頁)


図9

 この東大の先生である被告人やその弁護団らは、無罪の主張をしている。

  その無罪主張の根拠というか、詳細はわからないものの、どうやら

イ 著作権侵害の幇助、助ける意思や意図はなかった

ロ P2Pというような社会的に有用なプログラム開発とその公開をした行為をして、著作権侵害の幇助として立件することは、社会的に有用なプログラム開発の意欲と意思を萎縮させるものであり、不当である、というようにもののようである。

 他方、検察官の方は、被告人は

イ HP上で、Winnyを公開、ダウンロード可能にしたうえ、何百回という回数、このプログラムの改善、改良をして、公開し、匿名によるファイル交換の機能を強化させ、利用を積極的に勧めた

ロ 被告人の2ちゃんねるでの書き込み内容などから、著作権侵害の目的を持っていたことは明らかである

などと主張しているようである(詳細はわかりませんが)。

 このP2Pプログラムは、その詳細はしりませんが、社会的に有用性を持ち得るプログラムではあるようである。最近、諸方面で、P2Pプログラムを利用した経済活動というか、音楽等の配信システムが検討もされているようである。

 この事件を考えるについて、著作権法の構造というか、基本的な仕組みというものを理解しておく必要があるように思う。

 現在の著作権法は、社会、文化の発展とともに、さまざまな権利を新設して認めてきており、音楽、映画などさまざまな文化の領域での権利を認めてきている。

 しかし、基本的に理解して欲しいことがある。

 それは、著作権法は、他人に自己の著作物の複製、コピーを無断でされないという「排他的な複製権」が基本、中核であったということである。

  米語で著作権のことをCopy Rightと表現される。

  著作権は、まさに、コピー、複製をする権利、他人に無断で複製をされない権利を中核、基本として発展、進化してきたものなのである。

(複製権)

著作権法21条

著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

 この著作権法21条にいう「専有する」というのは、著作権者のみが有するという意味です。言葉を換えれば、著作権者以外の者には認めないということである。従って、著作権者以外の者が複製行為をした場合、著作権侵害となるということで、このように著作権者以外に複製権を認めないことを指して、著作権者は、「排他的に(他人を排する、自分だけが)複製権を有する」とも表現されているのである。

 インターネットが普及する以前の時代は、この著作権法というのは、作家や音楽家など一部の人にしか関係しない、普通一般に人には殆ど関係しない法律であったと言ってもいいかもしれない。いわば、マイナーな法律であったわけである。

 ところが、この著作権法は、インターネットの普及とともに、ゾンビのように蘇り、一躍脚光を浴びる法律に変身してきたのである。

 なぜなのか。

  それは、インターネット自体の構造に理由があったのである。

 インターネットを利用した、メールの送受信、HPの閲覧、これらインターネットの利用の構造は、まさにファイルの送受信、言葉変えれば、ファイルの複製行為の蓄積のうえに成り立っているからなのである。

  メールを送信するという行為は、相手のPCにメールの内容のデジタルデーターを複製して送信するという行為なのである。メールを受信するという行為は、相手のメール内容のディシダルデーターを自己のPC内に複製して取り込むことを意味するわけである。

  HP上に、あるものをアップする、サーバーに、あるファイルをアップするという行為は、HPを閲覧するかもしれない不特定多数の人に対し、当該ファイルを自動受信可能にするという行為、自動送信可能化行為をするということになるのである。


図10

  インターネットの使用、利用は、著作権法が、著作権者に権利として認めている著作物の複製行為、自動送信可能化行為の集合体でもある。インターネットの使用、利用は、著作権法と、真正面から、衝突、対立する構造を持っているのである。

(公衆送信権等)

著作権法23条

(1) 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。

(2)  著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。

 このようなインターネットの構造から、死に絶えていたともいうべき著作権法は、ゾンビのように蘇り、現在の知的財産社会においては、無視できない重要な法律に変身してしまったのである。

 WinnyというP2Pプログラムは、もちろん著作権侵害行為のためにあるものではない。

  しかし、このP2Pプログラムは、サーバーを飛ばして、P2Pブログラムを利用する者同士で、かつ匿名性を持って、ファイルの交換を可能にしたのである。

  著作権侵害行為を、誰がしたのかが、わかり難い形、態様で、ファイルの交換をすることを可能にしたのである。

 P2Pプログラムを利用したことはないので、正確なことはわからないものの、P2PプログラムであるWinnyを利用する世界中の人が、他人が著作権を有する音楽などのファイルを特定の場所にアップすることにより、それを他のWinnyを利用する者が見つけだして、受信することを可能としたのである。
著作権侵害の道具ともなったのである。

 このWinny事件は、さきほどお話ししましたFLマスク事件のような、従来の「もの」概念とデジタルデーター概念との軋轢という問題ではない。

  インターネットの構造と著作権法との、対立と調和の問題とも言える。

 Winny事件の被告人や弁護団は、本件事件を著作権法違反に問うことは、IT技術者の開発意欲と意思を萎縮させる不当なものであると主張している。この被告人らの主張が正当か否かは、わからない。

論点は

イ 著作権侵害幇助の意思があったのか

ロ 幇助行為があったのか

ハ 幇助行為の無限定の問題など

 このようなプログラムの開発と頒布行為を著作権侵害の幇助の罪に該当すると考えることとなれば、あらゆるプログラムの開発が犯罪の幇助になってしまい、不合理である。

 しかし、ただ、ひとつ指摘できることがあると思う。

  それは、例え、社会的に有用な道具、社会的に有用かもしれない道具であったとしても、それを社会に出し、使用する場合には、その有用な道具が社会に与える影響、そして既存の法律により保護されているものに対する影響、社会に与えるかもしれない影響の内容、程度等を慎重に吟味して行う必要があるのではないのか、ということである。

  社会的に有用と考えられるものであれば、それを発表、公開することによる波紋や影響は考えなくてもいい、というような発想は慎重にすべきであろうと思う。

 WinnyのようなP2Pプログラムは、サーバーを経由することなく、インターネットに参加している個人同士がファイルを交換することが可能となり、ネット社会のトラフィックの発生を防止するなど、インターネットの社会的有用性をますます増大させる契機になることは間違いないのだろう。

  しかし、Winnyに関していえば、それはファイル交換の匿名性を追求し、その弊害への配慮を無視したためか、著作権侵害幇助であるとのリアクションを受けたのである。

 このWinnyについての刑事事件がどのような結果となるかはわからないが、「その有用な道具が社会に与える影響、そして既存の法律により保護されているものに対する影響、社会に与えるかもしれない影響の内容、程度等を慎重に吟味して行う必要があるのではないのか」とうことのひとつの参考事例であると思う。

 

平成16年12月29日、NTTは、

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  インターネット上でサーバーを経由せずにパソコン同士で直接ファイルをやりとりするピア・ツー・ピア(P2P)を安全に活用する新技術を、NECが開発した。違法コピーの流通に使われがちなP2Pだが、新技術では流通経路を追跡し、その発信者や受信者を特定できるようにした。P2Pはファイルのやりとりの手段として今後も有望視されており、合法的な仕組み作りを急ぐ考えだ。

  新技術では、利用者AからBにファイルが流れる場合、そのファイル全体を暗号化してP2Pで送信。同時に「ファイルが流れた」という情報が専用サーバーに届き、サーバーからBに暗号解読用のカギが送られる。

  サーバーに流通経路が残るため、発信者を特定でき、違法行為の抑止につながると期待する。従来のP2Pでは、ファイルがどこから発信され、どう流通したか分析することは困難だった。

  P2Pは、インターネットの急速な普及でサーバーへの負荷が増加傾向にあるため、ネット業界では「有効利用するべきだ」との指摘が出ている。将来は、ホームページ上のデータやブログなどをP2Pでやりとりするのが一般化する可能性もある。

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http://www.asahi.com/business/update/1229/062.html

 上記のとおり、NTTは匿名性の排除を可能にしたP2Pプログラムの開発に成功したようである。これは、Winnyの教訓のうえにつくられたものかもしれないが、有用と害悪、その両面の調和というか、バランスを考える必要があるのではないかと思うのである。

 法律の解釈は、この有用と害悪との調和、バランスをとることにあるとも言われている。 ひとつの利益とこれに対立する利益との調和をどこに求めるのか、その調和こそが法律であり、法解釈であると言われているのである。

 法律自体、各種の法益というか、各種の利益の調和を求める基準であるといってもいいのである。従って、また、法律の解釈も、各種の利益の調和が求められるのである。

  このような調和を追求することをバランス感覚と表現してもいいだろう。

  バランスを考慮しない発想、バランス感覚が欠如した発想や行動は、社会に受け入れられることは難しいのである。

 なお、Winny事件については、Winnyを使用した他人が著作権を有する映画をダウンロード可能にしたという正犯についての刑事事件と、Winnyを開発してこれを公開し、正犯が著作権侵害をするのを幇助したという幇助犯の刑事事件があり、正犯の刑事事件は、既に執行猶予付の有罪判決が下されて、この判決は確定している。

  多くの人が関心を持って注目しているのは、現在、裁判中のWinnyを開発したIT技術者を被告人とする幇助事件の方の刑事事件なのである。

 朝鮮日報によれば、「ソウル央地地裁・刑事抗訴5部は2005年1月12日、P2P方式のファイル交換プログラムである「ソリバダ」を運営し、著作権法違反を傍助した疑いで起訴されたヤン某(30)被告兄弟に、無罪を言い渡した。 裁判部は「ソりバダ」サイトを利用し、P2P方式でファイルを共有した正犯たちは音楽ファイル著作権者の複製権と著作隣接権を侵害したと認められるが、「ソリバダ」運営者である被告らにこれらの著作権侵害行為を防止する積極的な義務があるとは言えない、とした 」と報道されている

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/01/12/20050112000023.html)。
事実関係はわからないが、上記ソウル央地地裁・刑事抗訴裁判所は「著作権侵害行為を防止する積極的な義務があるとは言えない」という理由で無罪判決をしたとのことである。

  日本においても、Winny開発者である被告人に、「著作権侵害行為を防止する積極的な義務があるとは言えない」ことは同様のように考えられる。従って、Winny開発者が単に、Winnyを開発、公開したのみでは著作権侵害の幇助にはならないように思える。

  ただ、Winny事件の場合には、Winnyを開発、公開する以上の行為があったのではないのかが争われているように思える。

法注書き

  不真正不作為犯=作為の形式で規定された通常の構成要件が不作為により実現される場合。不作為犯の場合には、既に生じている(生じつつある)危険を結果に結びつけないように阻止しなければならない場合に、法益保護の観点から実行行為性が認められる。それ故に、「危険を積極的に生ぜしめた場合(作為犯の場合)と同視できる場合」に限られる(刑法総論134頁)。

  上記の「阻止しなければならない」ということを作為義務とも呼ばれている。不真正不作為犯の場合には、この作為義務が認められ、かつこの作為義務違反ある場合に犯罪に該当すると言われているのである。

  Winny事件の場合には、このような不真正不作為犯として起訴されているのではないようである。

  以上に記載したWinny事件についての理解からすれば、もとより、Winny事件における具体的な事実関係や証拠の内容等を理解していないのでわかりませんし、軽々に意見を述べることはいけないのかもしれませんが、私が理解する範囲内の事実関係からすれば、Winny幇助事件について、有罪の判決がなされても、やむを得ないものではないかと推測するのです。

 米国や韓国でのP2Pプログラムに関する無罪判決を引用して、日本の本件Winny事件に関し、不当であるとの論評を見かける。

  しかし、「P2Pプログラムの開発と公開」という行為と、「P2Pプログラムの開発と公開+アルファ行為」の事件を、その同一性の吟味をせず同様の議論をしても、説得力を持たないのではないかと思う。

  本件Winny事件は、まさにこの「+アルファ行為」の可罰性が問われているものと思われるからである。

 

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