2006年9月アーカイブ

 昨日の記事のコメント欄で紹介のあった「シャルダン・ド・サンス」ですが、荒町の交差点から中央病院の方向へ、日出町交差点を右に折れて白銀公園の隣。荒町の交差点から歩いて5,6分の所にあるレストランですね。「富山市白銀町6-23 パークサイド白銀1F Tel/Fax 076-422-2244」
 今度の打合せは、金沢でという話もありましたが、「シャルダン・ド・サンス」でやると言うのも一考ですね。

 ところで、東京の丸の内ビルディング35Fにある「シャルダン・ド・サンス」の方が有名なようですが、高い所にある分、料金も高そうです。わざわざ東京に行かなくても富山で手頃な値段で、フランスの三ツ星レストランの味を楽しめるというのは嬉しいですね。

 土地があって素材がある
 素材があって料理がある
 料理を楽しむ空間がある
 五感で楽しむフレンチの小宇宙
          五感の庭
 (シャルダン・ド・サンスのホームページから引用)

 厚労省研究班が「糖尿病にかかるとがんリスク3割増」といった調査結果をまとめたと26日の各紙で報道している。

 糖尿病になっていた人ががんを発症するリスクを糖尿病でない人と比べると、がん全体では男性で27%、女性でも21%上回っていた。男性では、糖尿病の人はそうでない人と比べて肝臓がんで2.24倍、腎臓がんで1.92倍、膵臓(すいぞう)がんで1.85倍とリスクが高まっていた。女性では肝臓がんで1.94倍、胃がんで1.61倍だった。
 また、糖尿病にならないように、「糖尿病につながる肥満や運動不足、喫煙といった生活習慣を改めることが、がんの予防にも役立つ」と言った専門家の話も伝えている。

 一方、24日の時事通信で、モンペリエ(フランス)で開かれた国際コーヒー科学協会の会議では、「コーヒーは、パーキンソン病や糖尿病などの病気にかかりにくくなる効果があることなどが報告された。」と報じている。

 この記事の中に

 ヘルシンキ大学の糖尿病専門家は、食事習慣や運動不足が関係する2型糖尿病にかかる危険性は、毎日5、6杯のコーヒーを飲むことによって半減すると語った。さらに、ウィーン医科大学の専門家は、コーヒーは特にがんなどの一連の重大な病気の原因となるDNAの酸化の防止に、果物や野菜よりも一層効果があると指摘した。
とあった。

 同期会に参加している者を見渡してみると、年相応に恰幅がよくなっている者も多かったように思う。
 また、転がりそうな腹をして、「4年はもたない。次の同期会は2年後にしよう」という者もいた。
 そんな弱気にならないで、こういった報道も参考にして、各人身体を自愛して、元気な姿で、次回の同期会で再会しようではありませんか。


 話が変わりますが、

 私は、81歳の母を連れて、立山黒部(立山駅→扇沢)アルペンルートをまわる1泊2日のたびに出ていました。
 2日間、晴天で最高の山歩きでした。
 「剣の峰ぞ我が鏡・・・」あの校歌にもある剣岳が間近に雄々しくそびえるさまは、ただただ感動でした。
 久々に山の空気のすがすがしさを味わい、立山連邦の山々は「富山の誇り」とあらためて実感しました。
 天狗平で撮った剣岳の写真を添付します。(併せて「黒四ダムの放水と虹」の写真も)

 HPの更新いつも感心しています。校章の時計には驚きでしたが、校章くんが痛そうです・・・・(感想まで)

 デジタルデバイドと言う言葉を耳にしたことがあると思う。

 情報技術を使いこなせる「もの」と、使いこなせない「もの」との格差を表した言葉であり、「もの」とは、個人間であったり、国家間であったり、地域間であったりする。

 今回の同期会での案内状作りや発送作業といった実作業を、殆ど私一人でできたのも、このブログで同期のみんなと情報交換できるのも、情報技術がなければ出来なかったし、出来ないと思う。
 かくかように、インターネットを筆頭にした情報技術は、好むと好まざるとに係わらず、意識するしないに係わらず、我々の生活の中で、なくてはならないものになってきている。

 そうこう思っている中で、INTERNET Watch に、行動特性や世代ごと利用動向を分析した「ネットユーザー白書2006」の紹介記事があった。世代別に分析しているところに、特に興味が引かれたので、引用して紹介します。

 さらに白書では、インターネットユーザーをメディアとの接触タイミングから、「電脳生活世代」「ネット娯楽世代」「つながり世代」「ネットコンビニ世代」「メディア乗継世代」「ネット格闘世代」「ネット手ほどき世代」「スローメディア世代」といった8つの世代に区分し、各世代ごとにインターネットを利用する際の特徴などを挙げている。

 電脳生活世代は、1985~1991年生まれで、高校時代までにブロードバンドと接触した世代。ネット娯楽世代は、1980~1984年生まれで、高校時代にインターネットと接触した世代。つながり世代は、1975~1979年生まれで、大学時代にネットと接触した世代。ネットコンビニ世代は、1968~1974年生まれで、就職期にPCと接触した世代。

 またメディア乗継世代は、1959~1967年生まれで、就職期および20代でワープロ、30代でPC・ネットと接触した世代。ネット格闘世代は、1950~1958年生まれで、40代でPC・ネットと接触した世代。ネット手ほどき世代は、1942~1949年生まれで、50代でPC・ネットと接触した世代。スローメディア世代は、1937~1941年生まれで、60代でネットと接触した世代となる。

 主な特徴として、つながり世代までは、ブログやサイトの閲覧、チャットや掲示板などを多く利用しており、インターネットをコミュニケーションツールとして活用する傾向がある。一方、ネットコンビニ世代以降は、ネットショッピングやネットバンキング、オンライントレードを多く利用する傾向がある。

 「ネットユーザー白書2006」での分析によれば、我々の世代は、「ネット格闘世代」になる。当たっているようにも思うし、当たっていないようにも思う。みなさんはどう感じただろうか。

 カレンダと天気予報を掲載した。時計は自分で作ったが、カレンダと天気予報はKinari&Mayさんが無料で配布してくれているブログ用FLASH素材を利用させてもらいました。
 ご覧のようにシンプルでセンスが良くて、同期会のブログにすんなりと馴染んでいます。Kinari&Mayさんに感謝です。

 なお、天気予報は10箇所まで登録できます。追加登録したい地域があったら連絡画面から連絡して下さい。後2箇所余裕があります。

 みなさんお気付きでしょうか。同期会の記念時計を作って、ブログの各ページに貼り付けました。
 時計そのものがボタンになっていて、時計をクリックすると同期会のブログが表示されるようになっています。

 この時計だけが欲しい方は、連絡画面からその旨メール下さい。折り返しメールに添付して、Windowsで動くプログラム(.exe)にした記念時計をお送りします。
 なお、ホームページなどに貼り付けるFlash形式のファイル(.swf)が必要であれば、一言書いてくれれば、そちらをお送りします。

 この記念時計を、今お使いのパソコンのデスクトップ上に表示して置いて、ちょっと思い付いた時にクリックして、同期会のブログを見るという使い方はいかがでしょうか。


3年7組

| | コメント(0) | トラックバック(0)

 同期会の会場は2階にあった。 階段を上ったら直に、「東高校3年7組」という案内板があった。
 一瞬、「ひょっとして・・・。」と、思ったのだが、我々の同期生ではなかった。事情に詳しい世話人の話によれば、一学年に7組まであった期間は、そんなに長くはなかったとのことである。だから、我々に近い年代のはずだと解説してくれていた。

 なんでこんな話をするかと言えば・・・
 今日たまたま、同期会が終わった後、会場のトイレで隣に並んで用足ししていた人物を、インターネット上で見つけた。名前は「柳家さん生」さん。写真もあったが、確かにこの顔だった。
 浴衣を着ていたので、宿泊客かと思いながら用を足していた。しかし、トイレにいた浴衣姿の人物の友人らしき人達が、「隣の同窓生がどうしたこうした」とガヤガヤと話していた。 そんな話を聞きながら、トイレを出るときに、なにはともあれと思い、握手して別れた。その人である。

 ホームページのプロフィールには「昭和50年 富山県立富山東高校卒業」と書いてあった。我々とも年代の近い後輩ということになる。名前の通り落語家として活躍されているようである。
 これからも、益々活躍されることをお祈りし、応援したいと思う。
 トイレで握手したのも何かの縁。今度は、ちがった香りの洒落た所で、お会いしたいものである。

 (そういえば、横浜の思いもかけない場所のトイレで、私の隣で用足ししている人の顔を見たら、同期生だったという経験もある。トイレはめぐり合いの場所なのかも知れない!? )

 このブログには、同期のみんなの親睦や情報交換の目的で、同期会での写真や、物故者の一覧、連絡が取れない人の一覧などを掲載していました。
 一方で、徐々にアクセスする人も多くなり、その内にヤフーやgoogleなどの検索エンジンにも登録されるようになると思います。
 このブログを見てくれる人が多くなるのは、それはそれで、嬉しいことなのですが、同期のものばかりではなく、一般の不特定多数の方も見ることになります。
 こうなった場合、写真に写っている人の中には、「一般の人に見られるのはいやだなぁ~」と思う方もいると思います。

 見る人を限定するといった目的で、同期のみなさんにIDとパスワードを知らせて、アクセスする人を制限するといった方法も考えられます。
 しかし、IDとパスワードの連絡や管理も大変です。なによりも、使う人も、使いづらくて、みなさん見なくなって、親睦や情報交換といった目的から離れていきます。

 そこで、一般のみなさんが見ても差し障りのない内容にして置くことが現実的な対策と思いました。そんなわけで、掲載していた同期会時の「写真」や「各種の名前一覧」は、ブログから削除しました。

 なお、自分の名前を出してはいけないということではありませんので、誤解のないようにお願いします。名前を出しての記事や、コメントの方が、同期のみなさんに親近感を持ってもらえ、内容が伝わることも確かです。 この辺は、同期生の親睦と情報交換の場といった、このブログの目的を踏まえ、臨機応変にバランスを考えて、対処して下さい。

 みなさん、よろしくお願い致します。楽しくやりましょう

 ちなみに、「IT技術者のためのデジタル犯罪論」の出版の準備中です。今回の問題とは直接的な関連は薄いですが、インターネット上の法律問題という観点から、いろいろと参考になると思います。時間のある時に読んでみて下さい。 いくつになっても勉強ですね。

協議決定事項
  1. 残金報告と使い道
     残金は¥28,880(先生方のタクシー代金を精算した後)
     写真を送付する事に使う。
  2. 全体写真(できるだけ大きい方がよい・A4:ほとんどが老眼世代になっているた め)
     先生から記念写真のデーターをもらって手前でプリント!
     スナップ写真もいろいろおもしろいのがあるので3枚平均で配布
  3. 参加できなかったメンバーにはHPの案内をする(はがき50円)
  4. 先生方への挨拶文の作成
  5. 写真送付等に関わる予算
    • 80×43=3440(写真送料)
    • 50×3×43=6450(スナップ写真プリント代:カメラ店へ出す)
    • 50×140=7000(HPの案内はがき)
    • 残金¥11,990でA4印画紙とプリンターインク代にする
        250円でどれくらいの大きさのプリントができるか調べてみてかなりの大きいサイズのプリントができれば写真専門店に任せる(検討する)
  6. 写真のデジタルデーターを見た上で再度検討。
  7. 以上、10月中ぐらいを目標に取り組む
上記のような検討事項をまとめてみました。
抜けている点があれば、皆様、ご指摘ください。


 今日、たまたまこのブログを携帯電話で見てみたら、掲載している写真が表示されなかった。写真以外にもホームページの文字コードによっては、携帯電話で見ると文字バケして見えない場合もあった。
 見えないと、見せたいと思うのが人の常というやつで、どうやったら携帯電話でも見えるようになるのかなどいろいろ調べて、少なくとも、今、私が使っている携帯電話(AU)では見えるようにした。
 ついでに、携帯電話にブログのアドレスを打ち込むのに大変苦労したので、QRコードを作ってブログに掲載した。指でアドレスを打ち込まなくても、このQRコードを携帯電話のカメラで写して、携帯電話にアドレスを登録することができる。

 これで、パソコンが無くても、ブログの内容を写真も含めて、携帯電話で見ることができるし、思い付いたことなど、携帯電話から記事を投稿したり、世話人に連絡することもできる。
 携帯電話でブログを使うことはそんなにないかも知れないけれど、こんなこともできると言う事で、頭の片隅にでも入れて置いて下さい。・・・ませ、ませ。
 

 九州地方に上陸した台風13号だが、今日は日本海側を通過しているようだ。しかし、こちらの上空はポッカリと穴を開けて雲は無く、台風は避けて通過しているようである。多少風はあったものの、夏の暑さがぶり返した一日だった。

 午前中に、家での用を済ませ、11時頃から昼食がてらドライブも兼ねて少し遠出することにした。今日は、富山との県境にある福光医王山温泉・ぬく森の郷に行くことにして、山側環状で森本に出た。そこから国道304号で福光へと車を走らせ、ぬく森の郷に向かった。
 ぬく森の郷の玄関の上には、来場者が100万人を突破したと墨で書かれた木の看板が掛かっていた。前にも一度来ているが、そんなに昔の話でもないと思う。評判が良くて、沢山の人が訪れているということだろう。
 露天風呂は広くて、山の緑と空の青。そして、白い雲。風呂岩に背をもたれて湯に浸かっていると、ゆったりとした、なんとも幸せな気分になる。
 ゆっくりと風呂に入って食事をして、帰りは福光に出て、医王山の山並みを見ながらドライブをしながら帰ってきた。丁度、稲の穂も黄金色にたわわになって頭を垂れている。稲の刈り入れが済んだ田圃とまだの田圃が斑になっていた。

 二三日すれば、無くなってしまうだろう黄金色の田圃の風景を楽しみながら、台風が来なくてよかったと、家路を急いだ。
 そう言えば、同期生に福光から通っていた人はいただろうか。学校からは遠いから居ないかも知れないななぁ、などと考えながらハンドルを握っていた。

 帰りは、角間にある金沢大学の横を通って帰ってきた。このルートが一番早そうである。また、行こう

 このブログも、もう少し同期会のブログらしい見栄えにしたいと思っていたので、この連休を利用して、思っていたことを形にしてみた。

【タイトルバックに立山連峰の画像を入れた】
 この画像は、私が昨年の春だったか、北陸自動車道の呉羽のパーキングエリアで撮ったものを加工して使った。多分剣峰も入っていると思う。誰か、詳しい人、指摘してくれると嬉しいのだが。

【校章を配した】
 タイトルバックに色付きの校章を入れた。この校章は、高校のホームページに掲載されている小さな白黒の校章を見ながら作画した。また、ホームページに掲載されている説明文を読んで、色付けをして作った。
 梨地を調べてみたら、漆器の地色として使われることが多いようなので、漆器を参考に、自分の記憶も参考にして色を決めた。多分、校章の色も形状もこんな感じだったろうと思う。

【記事の分類】
 ブログの右側には、今までの記事を、検索しなくても直に見れたり、記事の一覧を一目で見れたり、同期会の年度別にまとめた記事を見れたり、記事をいろいろ分類した項目を配置した。

【カウンタの設置】
 このブログを見てくれた回数を、ブログに表示するプログラムを作って、ブログの右下に表示するようにした。なを、回数とは、ページを表示した回数(ページビュー)であって、このブログを見た人数ではない。一人で10ページ見れば10とカウントして表示する。
 「累計」「今日」「昨日」と三種類の数字を表示するようにした。数字が増えていると、見ているのは自分だけじゃない。あいつも見ているかも知れないと、なんとなく繋がっているような感じにならないかなぁと思って設置した。

 台風13号の影響も心配なくなったようである。今日はこれから、近場の温泉にでも行って、ゆっくりしてこよう。

佐伯どうしてる?
と、カウンターの中を覗き込んだのだが・・・
 昨夜、ビーフ館での反省会。佐伯夫妻が笑顔で迎えてくれることを楽しみにしながら、店の扉をくぐった。しかし、佐伯君が亡くなっていた。
 胃癌で2年半の闘病生活。最後は点滴もせず栄養失調のような状態で亡くなったと紀子夫人が寂しそうに話をしてくれた。もう10年ほど前に彼の所へ焼肉を食べに行って、紀子夫人と急がしそうに働いていた彼の姿が脳裏を掠めた。
 高校時代は、写真部に属し、運動会では抜群の瞬発力を生かし、スタートを切ったら、あっという間に後続との距離をとっていた。それがまた懐かしく思い出されていた。

 一緒に高校を卒業した仲間の約1割が既に物故者となっているらしいが、残った我々は、若くして先に逝ってしまった友の分まで長生きをしなければいけないと思った。朝から暗い話題になったけど、佐伯君の冥福を祈りたいと思う。あと昨日の議事録は、担当者からのブログ書き込みを待つ。

 最初に目に入るのが、校舎の中央にある青いひし形だ。そう確かに、中庭に校章をかたどった池があった。噴水だったかも知れない。鯉は泳いでいなかったと思う。
 目を左手に移すと、丁度私たちが在学中に完成した食堂がある。二階に生徒会室があって、私が最初の住人だったんじゃなかったかと思う。
 校舎にもいろんな建物が追加されている。周りも随分と変わったようだ。コンビニもある。当時はなかったのではないかと思うバス停も見える。
 地図一枚だけど、ちょっとした切欠で、いろんな事が思い出される。明日は、これを肴に・・・。反省会にならなくなるかも知れないけど。
(誰か、校舎や付近の写真を送ってくれないだろうか。このブログにも掲載するのだが・・・)

イッテミア・ミッション「東高思い出の通学路


 少し前に、父に舞鶴から一通の葉書が届いた。父は戦時中、舞鶴を母港とする病院艦に乗って世界の海を回っていたようである。その当時の戦友からであり、父の近況を心配した内容だった。戦後60年、戦友達が一人、また一人と、この世を去っていく寂しさも伝わってきた。
 今から20年程前だったろうか、父は、全国に散らばっている戦友達と宇奈月温泉で同期会をやって、その時の世話役をやっていたのを思い出す。今年の2月に逝った父は、折に触れ、あの時の話をしていた。10年前に亡くなった母と一緒に、下見などをしながら楽しそうに汗をかいていた。そんなこともあり、思い出もひとしおだったのだろうと思う。

 今年の同期会は、みんなにどんな思い出を残したのだろうか。私自身、前回の同期会と少し違った思いが残っている。父を亡くした年だからかも知れない。あるいは、世の中の一線から去る年になってきたからかも知れない。

(なお、葉書を頂いた父の戦友には、父が2月に他界したことをお知らせしていなかった非礼をお詫びした手紙をお送りした。)

蛇足
 第二次大戦時の日本海軍の調理実習テキストを思い出したのでご紹介しておきます。「舞鶴要港部兵食献立調理講習記録」途中で作るのを挫折してしまっていますが・・・

 こんにちは 生島です。同窓会後もいろいろお世話になります。ありがとう。今日猪谷希美江さんの命日で花を送りました。店員さんに花の色などを聞かれているうちに、涙が出そうになり困りました。十年前、人生まだまだというときの突然の訃報でした。その時彼女の分まで一生懸命生きようと思いました。これからも忘れないでいたい。 _江里

 テレビから懐かしい旋律の胡弓の調べが聞こえた。富山県外に住むものにとって、めったに耳にする事のない‘越中おわら節’だった。
 テレビの前に行ってみると、八尾の風の盆の中継の最中で、アナウンサーがおわら節の振り付けの説明をしながら、自らも踊り始めていた。私もつられて、手足を動かしてみる。なんと!!完璧。身体が振り付けを覚えている。高校の運動会(中学だったかも知れない)で、演目として教わり、大きな輪になって、踊った思い出がよみがえる。
 娘が驚いた顔で、「お母さん!!何しているの?!!」と尋ねる。
 「越中おわら節。教えてあげようか」と答える私。
 「遠慮しとくワ」と冷ややかな答えが返ってきた。
 もう少し、懐かしい調べを聞いていたいと思ったのに、ニュースは次の番組に変わっていた。

秋風

| | コメント(0) | トラックバック(0)

 9月に入り、風が秋色を運んでくる。
 8月13日の同期会から3週間が過ぎようとして、あの夜の出来事は " 夢か、幻か " 。騒々しい日常。
懐かしい顔に出会えた感動は、秋風と共に現実のものから、 " 思い出 " という引き出しの中にしまいこまれていくのを感じる。沢山ある " 思い出 " の引き出しの一つに、東高校同期会というインデックスをつけよう。その引き出しはこれからも時々使いたいから。 

このアーカイブについて

このページには、2006年9月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2006年8月です。

次のアーカイブは2006年10月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

世話人への連絡

携帯電話用ブログURL

Powered by Movable Type 4.1

最近のコメント

  • ようこそ神戸
    -> 06/20 16:11 by 神戸の住人
  • ようこそ神戸
    -> 06/20 10:35 by kokko
  • ご無沙汰で~す
    -> 05/03 21:32 by 匿名
  • 4月4日のミニオフ会情報
    -> 04/02 20:53 by 世話人
  • 4月4日のミニオフ会情報
    -> 04/02 20:48 by 匿名
  • 4月4日のミニオフ会情報
    -> 04/02 13:09 by 世話人
  • 4月4日のミニオフ会情報
    -> 04/01 20:05 by 匿名
  • 「ヒロシマナガサキ」富山で上映
    -> 01/15 01:05 by 匿名
  • 「ヒロシマナガサキ」富山で上映
    -> 01/14 15:19 by 群馬の地から(知)
  • kokkoさんとクリスマスランチ
    -> 01/08 19:52 by 匿名