2007年6月アーカイブ
先日紹介した「二兎」で食事をした後、脇の道を山の方向に車を走らせる。暫く走ったところに、国造里山公園(こくぞうさとやまこうえん)の入り口、和気の池がある。ここから、虚空蔵城跡(こくぞうじょうせき)へ通じる道がいくつかある。今日は、常基寺の道で山に入り、本丸虎口の道で本丸跡に出た。
本丸跡に入ったところで、妻が甲高く叫んだ。大きなヘビを蹴飛ばしたようである。ヘビもびっくりしたようで、クネクネと大きく身体をくねらせて逃げていく。
実は、私はヘビが大の苦手で、情けないことに足がすくんで、成り行きをじっと見ているのが精一杯であった。ヘビが道をあけてくれるのを確かめながら、本丸跡にある案内板を読んだ。
虚空蔵城跡(通称本丸跡・二の丸跡)
虚空蔵城跡は、標高137mの虚空蔵山の頂上から尾根づたいにつくられた山城です。和気山城ともよばれ、数々の伝説が残っています。一向一揆が始まった文明6年(1474)に加賀の国の守護職を兄弟で争った富樫幸千代(金剛寺幸松)がこの城にたてこもっていました。同年10月に兄の富樫政親(とがしまさちか)と一向宗徒に攻められて落城しました。その後加賀の国は、一世紀余り一向一揆で「百姓の持ちたる国」となりました。二度目の落城は、天正8年(1580)、織田信長の武将柴田勝家が、家来の佐久間盛政に命じて攻め落としたものです。この時の城主は、一揆の大将荒川市助と中川庄左衛門といわれています。このように虚空蔵城は、一向一揆と運命をともにした象徴的な城でありました。
標高137mの頂上部分に周囲に土塁と空堀をもつ通称「本丸」があり、その南側に直線距離で約100m、標高差で約4m低い位置に周囲に土塁と空堀をもつ通称「二の丸」がある本格的な山城です。本丸からは、見晴らしの良い景色が広がり遠くの海まで見わたすことができます。
近くの木に登って、こちらを警戒しているヘビを確かめた後、馬場搦手の道、黒岩の道、牛首谷の道を通って、和気の池に戻った。
イッテミア・ミッション「「二兎」で食事、虚空蔵城跡を歩く」
…そうでした。あれは小学六年の春のことでした。塾の帰りに友だちの家に寄り、しばらく話し込んだ後、何百本もの桜の花が咲き乱れている堤の上を一人で歩いたことがありました。平日の深夜のせいか、堤の上には人影がなく、夜桜見物の赤いぼんぼりだけが、満開の桜の花を闇空に仄赤く浮かび上がらせていました。その美しさといったら、この世のものとは思えないほどでした。
ですが、しばらく歩いていると、奇妙なことに気付きました。風がないにもかかわらず、周りの桜の花が小刻みに揺れているのです。不思議に思い、目を凝らして辺りを見回すと、何万何億という桜の花びらが、枝に群がる無数の白い蛾の翅ようにヒラヒラと蠢いているのです。その時です。不意に強い視線を感じました。何万何億という目が私を凝視しているような気配に囚われたのです。と、背筋に冷たいものが走り、体がゾクゾクとしました。そして、気が付いたのです。桜の花の一つ一つが意志を持った生き物のように私を窺っていたのです。
そうなんです。桜の花の一つ一つが取り澄ました昼の顔をかなぐり捨てて樹の下を通りかかる獲物を襲い、その精気を吸い取って更に美しくなろうと、露骨に悪意を含んだ目で私を睨み付けていたのです。不気味なほどに美しく、そして言葉で言い尽くせぬほどのおぞましさが私に迫ってきたのです。私は一目散にその場から駆けだしました。
美しいものには邪悪なものが潜んでいるに違いありません。美しいものの裏側にはおぞましいものがあるに違いありません。それ以来、私は美しいものに出会ったら、また、強く惹かれるものに出会ったら、否応なくそれを踏み躙るようにしてきました。美しいものには騙されません。特に美しい女には邪悪なものが潜んでいるに違いありません。
ですから、その奥に潜んでいる邪悪なものが顔を出さないうちに先制攻撃をし、その体をなぶり尽くして女が官能の酔いから冷め切らぬうちに、つまり、邪悪なものが正体を現さないうちに棄てることにして
いたのです。自分を守るために心惹かれる美しいものをとことん汚して棄ててきたのです。
また、あれは大学三年の春のことでした。先ほど申したように、私は上高野で前田と共に下宿しておりました。あの夜、月の綺麗なあの夜、私は宝が池の馴染みの女の部屋で遊んだ後、とぼとぼと池畔の小道を歩いておりました。宝が池は現在でこそ国際会議場や学校、住宅などが建ち並び、賑やかですが、当時、池の周りには何一つなく、池沿いの小道の傍らに古びた桜の林が疎らに立ち並んでいるだけの殺風景な所でした。そんな池畔の小道を歩いていたのです。月の光を浴びながら、今しがた味わった滑らかな女の肌を掌に蘇らせながら、傍らに桜の花の咲く夜道を浮かれ気分で歩いておりました。夜中も二時を過ぎていたと思います。
その時でした。数歩先の桜の樹の下で誰かが立っているのに気が付いたのです。改めて見直すと、月の光を浴びた桜の花の下にボンヤリと白く、着物姿の髪の長い女が顔を伏せて立っているのです。その姿を確かめた瞬間、私の背筋を冷たいものが走りました。つい先日、池のこの辺りで自殺と思われる若い女の水死体が見つかったばかりでした。そのことを思い出すと体がブルブルと震えだしました。ですが、引っ返そうにも恐怖のあまり体が強ばって動きが取れません。
月の光が仄かに桜の花に降り注ぎ、その花の下に長い髪の女が弱々しげに佇んでいるのです。私は息を殺してその女を見つめていました。
その時、ふと女はどんな顔つきをしているのだろうかと興味がわきました。すると、私の思いに応じるかのように、突然、女は顔を上げて私をまじまじと見つめだしたのです。その美しいこと、背筋がゾクゾ
クするほどに美しい女なのです。桜の花びらが女の白い顔に舞い落ち、長い黒髪が池から吹く風にそよいで、この世のものとは思えぬほどの妖艶な美しさが満ち溢れていました。と、どうしたことでしょうか。
その女は私を見てニコリと笑ったのです。その笑いは言葉では表わせぬほどに凄惨せいさんで艶なまめかしいもので、私は思わずその場に立ち竦すくみました。すると、その女は再び媚こびを含んだ目で私を見てニヤリと笑ったのです。その笑いで顔が崩れ、最高の美しいものが、最悪の醜いものに豹変したようで、その瞬間、私は生身の心臓を引き裂かれたような恐怖に囚われました。いかに女好きの私といえど、手を出せるような類の女ではありません。この世のものではございません。化け物です。
すると、これまたどうしたことでしょう。頭上の桜の花びらが一斉に騒ざわめきだしたのです。ガサガサ、ゴソゴソと私を詰るように騒めきだしたのです。
その時になって、私の金縛りにあっていた体がようやく動きだし、私はその場から無我夢中で逃げだしました。どれほど駆けたでしょうか。息が切れ、立ち止まって何気なく後を振り返りますと、なんとあの白い着物の女が髪を振り乱し、美しい顔に妖しげな笑いを浮かべて私の背後に迫ってきているのです。
「お願い。私も連れて行って…」
その若い女のか細い声が、私の耳の奥底まで、はっきりと聞こえてきました。私は再び駆けだしました。ですが、駆けても駆けても、その女は気味悪い笑みを浮かべて私を追いかけてくるのです。夢なら一刻も早く覚めたい悪夢です。
どれくらい走り回ったでしょうか。明け方近くになって、やっとのことで女を振り切り、へとへとになって下宿に辿り着きました。そして、女を誘い込んで寝ていた前田を叩き起こして、事の次第を話しましたが、前田も女も笑い転げるばかりで真剣に聞いてはくれません。
挙げ句には「女欲しさの欲求不満で幻でも見たんだろう。そんなに女が欲しいなら、こいつを貸すから好きにしろよ」と同衾どうきんしていた裸の女を寝床から押し出すのです。乳房と尻のやたらと大きな、男好きする顔付きの女で、その女も私との交渉を満更嫌でもなさそうで、私も食指は動いたのですが、気味の悪い女に追われた後のことでもあり、さすがにヘラヘラと女を抱く気もしなく憮然ぶぜんとして前田の部屋から出ました。その頃にはすっかり夜も明けていました。
自分の部屋に入ると、性懲りもなく前田の部屋で会った女に未練が強まってきたのですが、いつもの習慣でラジオを入れると、ニュースの時間らしく、そのロ―カルニュ―スを聞いていると、昨晩、岩倉の精神病院から脱け出した若い女患者が、今朝早くに宝が池付近の山林で警察に保護されたと言っていました。あの女です。あの女に違いありません。
月の光が皓々こうこうと降り注ぐ、満開の桜の美しい夜に、私は、一晩中、気違い女に追い回されていたのです。滑稽なようですが、あんなに恐い思いをしたことは今までにありません。ですから、満開の桜を見ると体中に戦慄が走るのです。そして、その戦慄に包まれながら女を抱くと強烈な刺激が体を貫き、女との情事が狂おしいほどに高まってくるのです。
しかし、そんな情事も昔のことになってしまいました。年を取ったせいでしょうか。最近はめっきりと女と遊ぶことも減ってしまいました。また、女の体に触れてもさほど高ぶらなくなりました。ですが、前田の葬式で彩子を見た時、久しぶりに体の奥深い処に熱い疼きを覚えたのです。ブスブスと体の奥底でドロドロしたものが煮えたぎってきたのです。
…おやおや、話がだいぶん逸それてしまいました。申し訳ございません。そうでした。彩子との話の続きでしたね。
前田の葬式を終え、いったんは家に帰って着替えをしたものの、彩子と会う時間までにはまだ間があり、家でソワソワと時計ばかりを見ておりました。そして、ようやくその時間も迫ったので、いち早く約束の場所へと車を走らせました。
車から降りると、昔と変わらぬ桜林が目の前に広がっていました。
ここを訪れるのも久しぶりのことでした。朧月おぼろづきが桜の林を照らし、むせ返るほどの花の匂いが辺り一面に立ちこめていました。それは、情事の後の、女の蒸むれた肌から発するような艶かしくて毒々しく、そして、心蕩こころとろかすような甘い匂いに似ていました。
私は徐おもむろに林の中に入りました。すると、林の奥の樹陰から急に人影が現われ、私の名を呼ぶのです。私の名を呼ぶ度に、頭上の桜の花がザワザワと音を立て、その気味悪さに思わず車に引き返そうとしました。ですが、月の光がその人影を照らすと、それが彩子だと分かりました。彩子が、林の奥の大きな樹の下で、私の名を呼びながら手招きをしていたのです。その艶めかしい姿といったら、もう言葉では言い表されません。私は、その瞬間、気味悪さも吹き飛び、夢見心地で満開の桜の林の中へと踏み込みました。林を進むにつれ、昔と変わらぬ熱い戦慄が蘇り、それとともに激しい欲情もムラムラと込み上げてきました。一刻も早く彩子の肌に触れ、貪むさぼりたかったのです。
ですが、彩子の傍らに寄ると、奇妙なことに気が付きました。彩子はまだ喪服を着ているのです。
「もう来ていたの。着替えていないけど、前田とはよほど親しかったの…」
私はわざと明るく尋ねました。
「いいえ……」
「それなら、どうして前田の葬式に出たの…」
生温い沈黙がしばらく続きました。
「だって葬式に出れば先生に必ず会えると思って…。私、長い間、入院していて、退院したばかりなの…。そんなことより、今宵、どうしてでも先生にここで会いたかったの…」
「えっ、私に…」
不思議に思ったのですが、そんなことよりも彩子の襟首えりくびの白さに我慢できなく、彩子を思い切り抱きすくめようとしました。しかし、彩子は私の両腕から素早く逃れ、傍らの桜の太い幹の陰に身を隠しました。ここまで追い詰めた美味しい獲物を逃すわけにはいきません。私も彩子の後を追って幹の後に回りました。すると、樹の根元の盛り上がった土の傍ら、まるで土饅頭どまんじゅうのような所で、彩子は身を横たえ、喪服の胸をはだけて私を待っているのです。その時、ようやく思い出しました。その樹の陰は、昔、彩子をよく抱いた所でした。
「この場所を覚えていたんだね…」
そのことでますます腰の奥が熱く疼うずいてきました。もう我慢できなくなり、彩子の体に伸し掛かり、はだけた胸に唇を這わせました。思ったとおりのしっとりと滑らかな肌でした。股の間がドロドロと熱く憤いきどおってきました。たまりません。あわや破裂しそうになった時、不意に線香の匂いが鼻先に漂ってきました。その刹那せつな、急に股の高ぶりが萎縮しました。そして、何気なく目を上げると、今まで気付きませんでしたが、火の点いた幾本もの線香が盛り土の上に立っていました。
その時です。突然、彩子が甲高く笑い、勢いよく私をはねのけると、盛り土をがむしゃらに掘りはじめたのです。
「幸ちゃん。お父さんがやっと誕生日に来てくれたわ。本当によかったわね。幸ちゃん、もう直ぐよ…」
彩子は、土の中に手を入れると、干涸ひからびた小さな黒い物を私の目の前に突き出しました。
「先生、幸ちゃんよ。先生と私の子。私がここで堕ろし、埋めたの。先生、さあ抱いてやってちょうだい。可愛いでしょう。先生の子よ。大きくなったでしょう…」
恐怖が全身を貫きました。
《狂っている。何てことだ、この女は狂っている。狂っているのだ。桜はやっぱり……》
私は彩子を突き飛ばし、大声を上げてその場から逃げだしました。
無我夢中で走りました。ですが、長い間の不摂生のせいで忽たちまちに息が切れ、立ち止まって、ふと振り返ると、直ぐ背後に妖しげな笑いを浮かべた彩子が手に黒い物を握り締めて追いかけてくるのです。
「待って、先生。ねぇ、待って、この子も一緒に連れて行って…」
切々とした、そして恨みに満ちた声が執拗に追いかけてきました。
私は再び逃げだしました。無我夢中で走りました。宝が池の、あの夜と同じでした。気違い女に追われて私はひたすら逃げました。頭上の桜の花びら一つ一つが、これまで弄もてあそんで棄てた女の恨みで真っ赤に染まり、ザワザワと呪咀じゅその言葉を私に浴びせかけて責め苛さいなむのです。おぞましい桜花の夜です。その時、突然、胸がキリキリと痛みだしました。幾百幾千の錐きりが一度に心臓に突き刺さるような激痛でした。痛みに耐えかねて私はその場に倒れました。すると、辺りが急に静まりかえり、真っ暗になりました。漆黒の闇でした。体が冷え込んできました。と、その闇の中に誰かが顔を覗かせました。その者は愉快そうに笑っているのです。何と前田です。前田がニヤニヤと笑いながらゆっくりと私に近付いてきました…。
※
その男はそこまで話すと急に口を噤つぐんだ。肩を落とし、うな垂れて茫然ぼうぜんと膝元の畳を見つめるばかりで微動だにしなかった。
「ありがとうございました。最初のお話はこれくらいにいたしましょう。胸のつかえはお消えになられたでしょうか。いくら話しても消えぬ悔いもあるものですが…」
小野老人は男の様子を窺うかがいながら言うと、今度は聞き入る客に向かって話しだした。
「皆様もお疲れになられたでしょう。次の話に入ります前にしばらく休憩を取ることにいたします。部屋の後にお茶やお酒を用意いたしてあります。ご自由にお召し上がりください。それでは十分後に…」
小野老人は立ち上がると、黙然と座りこんでいる男を促して隣の部屋へと連れていった。
◇
「それでは皆様、お二人目を迎えることにいたします。どうぞ、ご遠慮なさらず、前へおいでくださいませ」
小野老人の誘いで部屋の片隅に座っていた五十歳前半の眼鏡をかけた男が怖ず怖ずと前に出てきた。煮染めたような濃いグレーの背広に焦茶こげちゃのネクタイをした、厳つい体つきの謹厳実直きんげんじっちょくそうな男だった。男は床の間の布鉾に軽く一礼すると、半白の頭髪を掻き上げながら振り向いた。
雨はしとしとと降り止まず 部屋は一段と暗さを増していた。
その男は口を開いた。
一度、G I レースを見てみたいと思っていた。今年の宝塚記念は史上最高の豪華メンバーという噂を耳にした。
なるほど、ウォッカ、カワカミプリンセス、メイショウサムソン、アドマイヤムーン、・・・。大して競馬に興味のない私でも耳にしたことがある名前が並んでいる。これほどのメンバーを直に見る機会はそうないだろうと思うと興味がわいて行ってみようと思った。
当日は雨にも関わらず競馬場全体がG I 宝塚記念を待つ熱気で溢れていた。その中にいる私も何故かウキウキ熱くなった。
馬券は外したが、これぞG I と感動するすばらしい馬たちのすばらしいレースは癖になりそうである。
イッテミア・ミッション「阪神競馬場で宝塚記念」
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白川郷の案内所には、白川郷をPRするポスタが何枚か貼ってあった。その中の一枚に湖の後ろに白山連峰が見えるポスタがあった。 ポスタの片隅に、白水湖(はくすいこ)と書いてあった。行ってみたいと思いながらもあては無く、一先ず、白川街道を岐阜方面に車を走らせた。 途中で温泉に寄る。 露天風呂で足を伸ばして一風呂浴びた後、フロント係りの人に白水湖のことを聞いてみた。 500m位走ったところを右に入れば、白水湖に行けるということだった。 早速、その場所へと車を走らせた。その湖は、大白川ダム湖で、近くに白水避難場所があった。白山室堂まで6.6kmとの標識があった。白山登山道の入り口の一つでもあるようだ。 しばし白水湖から白山連峰を望む眺望を楽しみながら、いまきた道を戻る。 帰りに、途中にあった白水の滝(しらみずのたき)に寄った。新緑の中を白く豪快に落ちる滝、そして白山連峰。その眺めは見ていて飽きない。 カメラを構え、白山連峰もファインダの中に収めて、シャッタを押した。 イッテミア・ミッション「白川郷と白山」 |
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駿河の富士山 三国一だよ」
父がお祭りなどで親戚が寄るとよく歌っていた越中八尾風の盆「越中おわら節」の一節である。
白川郷から見える白山を目にしながら、つい口ずさんだ。
初夏の白川郷、新緑の先に白山の山並みがのぞいていた。
イッテミア・ミッション「白川郷と白山」
初めての上高地。少し早起きをして、近くのバス停で、上高地ハイキングバスツアーのバスに乗って上高地に向かった。
幸い雨に降られることもなく、上高地を散策できた。
時間の関係もあって、大正池と河童橋の間を散策して、明神池には行かなかった。その代わり、田代橋付近のホテルの温泉に浸かってきた。露天風呂で、足をぐっ~と伸ばして、気持ちがよかった。
新緑の自然が訪れた人達を優しく包み込む。川の水も透き通って綺麗で、ずっと見ていても飽きない。多くの人が上高地を何度も訪れる気持ちが分る気がした。
朝、昼の弁当が付いて、5000円でおつりがきた。今度は、明神池方面を散策しようと思う。
(実は、タイトルの鴨は大正池で撮った。近くでカメラを向けても、我、関せずと、悠然と泳いでいた)
イッテミア・ミッション「上高地を歩こう」
「二兎」という店の名は、お客様の多様な想いに答えたいということで付けた名前のようである。
出される料理を食べながら、手間隙かけて自然の食材から取った出汁を使っているように感じた。味付けは実に優しい。化学調味料に慣れた現代人にとっては、少し物足りない味かも知れない。しかし、野菜などがもつ自然の風味が旨く引き出されており、後を引く美味しさがある。
お昼の日替わり定食も880円と手頃な値段なので、機会があったらぜひ利用してもらえればと思う。
場所は、金沢市内から加賀産業道路を小松方向に走った能美市にある。旧町名で言えば、辰口町、北陸先端大学の近くだ。簡単な地図は、お店のホームページにも載っている。
連載小説の掲載方法を工夫した。
まず、連載小説は、トップ画面では最新の一回分だけを掲載することにした。
そして、最新回を掲載してから、2、3日後には、上から三番目の位置に固定的に掲載するようにした。ただし、この時には最新回の先頭から約200文字だけを掲載する。連載小説以外の新しい記事が追加されても、連載小説の位置は常に上から3番目に掲載する。
もちろん、今回の内容へのリンクは張ってあるし、記事の右肩にある「小説:○○○」の部分に、今までの全てへのリンクを張ってあるので、小説を先頭から読むことも簡単にできる。
これで、連載小説部分が画面の多くのスペースを占めてしまうことを避けることができる。また、連載小説は常に掲載されており、小説全ても簡単に読むことができるようになって、使いやすくなったと思うのだが、みなさんの評価はどうだろうか。
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JR有楽町駅から銀座に向かう途中、後ワンブロックで銀座四丁目の交差点というビルの角で、天使を見つけました。弓に矢をつがえたまま、ビルの角でじっと何かを覗き込んでる様子に、私も思わず視線の先に何があるか、そっと覗いてしまいました。 実はこの天使君、以前酔っ払いに誘拐された事がありました。数日して物陰にそっと隠れていたのを発見されて、無事元の位置にもどったという経歴の持ち主です。 横浜の金の天使の弟君だそうですが、銀座に御来籠の折には是非探してみて下さい。 卑弥呼
イッテミア・ミッション「銀座の天使」 |
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お招きいただき、ありがとうございます。私、学生の頃、友人の前田と共にこの八瀬から少し下った上高野で下宿いたしておりました。久しぶりにこの地を訪れましたが、今日はあいにくの雨で比叡の山は見えませんが、昔と少しも変わらぬ風情で、全てがつい昨日のような気がいたします。あの頃は色々なことがありました。そうそう話でございますね。昔の思い出に浸っていて忘れるところでございました。それではお話することにいたしましょう。
あれは前田の葬式で十年ぶりに彩子あやこに逢った時のことでした。前田とは先ほどお話しました学生時代に一緒に下宿していた友人のことです。その前田の葬式で彩子に逢った時、妙な不安に囚とらわれたものです。ですが、彩子の喪服姿の艶なまめかしさに見惚みほれてしまい、思わず彩子に声を掛けてしまったのです。それが始まりでした。ともかく気の入った女へ声を掛けると、いつもの私の悪い癖で、その女の肌に触れなければ気がすまなくなり、別の所で二人だけでもう一度逢ってほしいとしつこく言い寄ったのです。
彩子は、その頃、三十歳を幾つか越えていたはずでしたが、昔と変わらぬ肌理細きめこまやかな肌で、その肌に更にしっとりと潤うるおいが加わって、まさに油が乗りきった、今が盛りの女の艶つやっぽさが全身から滲み出ていました。小娘だった昔とは違い、彩子は見違えるほどに成熟した魅惑的な女になっていたのです。そんな彩子に私はしつこく言い寄りました。
彩子は、私の誘いに最初のうちは目を伏せてなかなか応じようとはしませんでした。ですが、その恥じらいながらも焦らす姿態したいがまた艶かしく、喪服の下の柔らかな白い裸身が自ずと思い浮かんで、その体を貪りたい一心で私はかなり強引に彩子に迫ったのです。
それが功を奏したのでしょうか、しばらくすると、彩子は逢う時の条件を幾つかポツリポツリと言いだしました。その時の喜び……。嫌がる女をかき口説き、納得させて我が意の如くに従わせることほど、この世で最高に嬉しいことはございません。まして相手が生唾を呑み込むほどの佳かい女であるなら尚更のことです。
しかし、妙なことに、逢うのを承諾してからの彩子は、拒んでいた時とは打って変わり、目に媚こびさえ浮かべ、私の顔を意味ありげにまじまじと見つめるのです。その目の妖しい光を見た瞬間、再び言い知れぬ不安に囚われたのですが、喪服に映える彩子の白い肌を見るにつけ、不安よりもその体に食指が動き、彩子におもねるように、彼女の言うがままに、あの思い出深い桜の樹の下で、それも深夜に逢う約束をしてしまったのです。
ところで、死んだ前田のことですが、彼は若い頃から無類の女好きでして、それが祟たたってか、彩子と再会した三日前に若い女との情事の最中、四十歳半ばで女の腹の上で心臓が止まってしまったのです。相手の女は自分の医院の若い看護師だとかで、その死に様があまりにも前田らしいので、彼の死をそれほど悼む気も起こりませんでしたが、葬式の最中に、死者のことも忘れ、参列した彩子の喪服姿ばかりに見惚れて、その女との昔の情事を思い出し、一人、悦に入っている自分のことを思うと、自分が前田以上の好色のようで、我ながら呆れてしまいます。
前田と私は、北陸の同じ高校から京都の医大へ進み、大学病院での研修を終えてから共に故郷へ帰り、県西部の田舎の病院勤めをしばらくした後に互いに整形外科の医院を開きました。また、彼とは、
若い頃から連れ立って女遊びをした仲でもあり、未だにその女癖の悪さはなおってはおりません。そのせいか、二人とも離婚を重ねた後も、それをよいことに独り身の気軽さから互いに悪ふざけの女遊びを続けておりました。悪友と言えば、互いが悪友でございます。
その前田の葬式に彩子が参列したところをみると、前田と彩子との間にも何か深い関係があったのかもしれませんが、そんなことはどうでもよく、その時はただただ彩子の熟れた体を味わいたい一念で彼女と密会の約束を交わしたのです。交わした後は葬式には不釣り合いなほどの嬉々とした気分に満たされ、満足の笑みを必死に押し隠して読経を聞いておりました。
しかし、彩子と逢う場所が、あの桜の樹の下だということが、今一つ気に掛かっておりました。桜の樹といっても、街内の桜ではありませんで、彼女と車で山道を乗り回していた折りにたまたま見つけた、取り分け大きな桜の樹でして、人里から遠く離れた谷川沿いの林の中で人知れず満開の桜を咲かせておりました。
当時、彩子は、私が勤めていた病院の看護師で、看護学校を出たばかりの娘々とした子でした。その彩子をあの桜の樹の下へ誘っては、そこで異常な興奮に駆られて幾度となく彼女を抱いたのです。
異常な興奮と言いましても、彩子の体に夢中になったという意味ではありません。まして彩子にとっては私が初めての男らしく、年若い処女の体とは概してそうなのでしょうが、肉が薄くて硬く、それに性技にも疎くて反応が鈍く、情事を楽しむ相手としてはまったく旨味のない未熟な体でした。ですから、彩子の体自体には何ら魅力はありませんでしたが、それよりも、私には昔から桜の花に対して奇妙な性癖がありまして、満開の桜の花の下に立つと、どういうものか、決まって狂おしいほどの女への飢えが生じ、それこそ異常に発情して女の体にのめり込んでしまうのです。満開の桜の樹の下で彩子を抱いていた時も、彼女の白い胸乳むなちの上に乳首ちくびと同じ色の桜の花びらがチラホラと舞い落ち、むせかえるような桜の香で頭が痺れ、全身が狂おしいほどの興奮に貫かれて急き立てられるように欲情を幾度となく彩子の体の奥底へと注ぎ込んだのです。
そんな彩子との関係は二ヵ月ほど続きましたでしょうか。その頃に、隣町の大病院の院長の一人娘との縁談話が持ち上がり、その結構づくめの縁談をまとめようと、これまでの女とのことを清算しようと思い立ちました。実は、その頃、彩子とは別にモデルくずれのクラブのホステスとも深い仲になっておりまして、これがまたなかなか佳い女でして、いざ清算しようとすると、どうにもそのホステスの体に未練が残りまして、ホステスとの関係はそのままにして、飽きがきている彩子を先ず棄てたのです。彩子とのことは、熟した林檎りんごの味に食傷しょくしょう気味の時に、たまには口直しに青林檎でも噛ってみようと思った程度のものでして、直ぐにでも棄てるつもりが、二カ月も続いたのですから却って不思議なほどです。ですので、あの時、何の未練もなく彩子を紙くずのようにポイと棄てました。
そう言えば、彩子との別れ際、彩子は泣き叫びながら私に何か必死に訴えていましたが、気紛れの摘み食い程度で弄んだ小娘の言うことなど、初めから真剣に聞く気もしませんで、前田の葬式で会う
まで、彼女のことなど、すっかり忘れておりました。その後まもなく私の身持ちの悪さが相手にも伝わり、縁談は断ち消えとなり、また、しばらくしてホステスの体にも飽きがきたので新しい女を探していると、彩子が発狂し、専門の病院に入れられたという噂を聞きました。ですが、棄てた女のことなどはどうでもよく、それよりも前田と競い合うように女を漁あさっておりました。 それにしても、あの青林檎のような彩子がこんなにも熟して美味そうな女になろうとは…。まったく女とは分からないものです。
言い訳がましいことですが、医者をしていると妙なものでして、毎日、幾人もの体を切り刻み、また、何人もの死に臨んできますと〈恋〉とか〈愛〉とかの言葉が妙に白々しく聞こえてきます。男と女のことで〈恋〉とか〈愛〉とかと力説してみたところで、先ずは命ある〈体〉があってのことで〈体〉がなければ〈恋〉も〈愛〉も成り立ちはいたしません。そう思うと、人とは所詮〈体〉あってのものでして、ですから、その時々の〈体〉が求めるものが、その時々に人が一番必要としているもののように思えてくるのです。それを刹那的と非難する人もいるでしょうが、刹那的のどこが悪いのでしょうか。人の存在・生そのものが刹那的ではないでしょうか……。
ともかく、私の場合、それが女で、自分の女癖の悪さを弁解しているようですが、女を漁る気持の根底の何処かしらに、このような思惑もあるようです。
ですが、女もいい加減なものでして、私が独身の少し見映えの好い医者だというだけで、結婚や金銭面での打算が働くのかもしれませんが、保険をかけるようなつもりで私に容易く体を任せてくるのです。そんな女に出会う度に、ますます遊びだけで女と関わるようになりました。そして、その中の幾人かをあの桜の樹の下で抱き、棄てました。女などは、裸にして交わっていると、快楽などは最初の一時だけでして、後はどれも似たようなもので、これと言って目新しいものはなく、直ぐに飽きがきてしまいます。ですから、女とのその最中、いかに自分を興奮させるかが肝要でして、その点、満開の桜の樹の下で女を抱くと、否応なく異常な興奮に駆られますので極めて好都合でした。
しかしながら、どうして桜の樹の下で異常に興奮するのかは我ながら不思議なことでして、よくよく考えてみますと、それは私が若い頃に桜の樹の下で味わった不快な出来事の幾つかに要因があるように思われます。
…そうでした。あれは小学六年の春のことでした。
![]() 初代 石田祥石作 |
![]() 初代 石田祥石作 |
![]() 故 中村是好さん |
JR横須賀線、北鎌倉の駅を降りて、鎌倉の方向に少し歩いたところに「明月院」がある。
このお寺は、「あじさい寺」とも呼ばれている。六月のあじさいの頃ともなると、多くの人があじさいを見に訪れる。
この写真は、1970年半ばの明月院の風景だ。写真のネガを整理していたら、たまたま出てきたものだ。もう何年も、いや二十年以上、明月院には行っていなと思う。
そろそろ、明月院のあじさいが綺麗な季節になる。今年のあじさいはどんな表情を見せるのだろうか。
今、同期生から電話があった。
3年7組の牧野勤さんが、今朝亡くなったそうである。7組の担任だった松岡先生から連絡の電話があったとのことである。 まだ、詳細は分っていない。
同期会として弔電をお願いした。冥福を祈るばかりである。
月曜日早朝6時過ぎ、“リリリーン”携帯がなるー
ハスキーボイスの潤子さんの声『麻子さんに電話番号を教えたから掛かると思うので、宜しくー』
しばらくしてー『麻子です、今日大丈夫?寛子さんが上京して来たの』
という訳で、夜両国の第一ホテルに待ち合わせ。心ウキウキ♪足取りも軽く両国に降り立った。
両国には現在“ロシア皇帝の至宝展”を開催している「江戸東京博物館」というモンスターな建物が建っていて、税金を食っているという話。
反対側の出口にでたので、地図を片手にビラくばりの威勢のいいお兄ちゃんに道案内をしてもらう。
ホテルの入り口の近辺に麻子さんの姿を発見、手を振ると近づいて来てくれた。20と数年ぶりだろうか?変わっていない。
ほっと一安心。
ロビーのソファに座り、寛子さんを待つ。しばらくして彼女が近づいて来た。
あまりの懐かしさと、変わらない姿に手を握り合った。
近況を話したり・・・いつの間にか時間が過ぎていく・・・後半はアドレスの交換、3人とも大変なメカオンチで入力、テスト交信、大層時間を食った。
9時過ぎに、第一ホテルに宿泊する寛子さんに別れを惜しんで、両国駅へと帰路に着いた。
寛子さんは、房総の花旅行がしたいという、私は恵那のブルーベリー畑をみたい(寛子さんの住まいが近いそうだ)、麻子さんの提案で、来年は恵那に行こうということになり、今からとっても楽しみにしているー
『洛外八瀬奇譚』らくがいやせきたん
(一)
いつの間にか、眠っていたらしい。目を開けると闇の底に沈んでいた。山裾に夜がまたやってきていた。雨風が窓ガラスを激しく打ちつけ、安普請やすぶしんの下宿屋の二階の部屋が微かすかに揺れていた。電灯を点けようと立ち上がると、窓下からしきりと軋きしむような金属音が聞こえてきた。隣家りんかの狭い庭のブランコの鎖が、比叡から吹きおろす雨風に打たれ、暗闇の中で耳障りな音を立てていた。
厭いやな夢だった。シャツがびっしょりと濡れていた。動悸どうきも激しい。胸苦しくてたまらない。厭な夢を見るから動悸が激しくなるのか、動悸が激しいから厭な夢を見るのか、それとも、ブランコの耳障りな音のせいなのか……。ともかく胸がキリキリと締め付けられ、苦しくて堪たまらない。息ができないほどだ。まったく厭な夢だった。ひどくうなされた。だが、どんな夢だったかは思い出せない。何か、八瀬やせの小野老人の家で聞いた話に係わる夢だったような気がするのだが……。おぞましいことだ。こんな目に遭あうのも、二日前の昼下がり、下宿の裏山の道を散策したせいに違いない。
※
あの日、比叡の中腹へと続く道を気晴らしがてらにブラブラと歩いていた。すると、木々の葉をパラパラと打ち付けて雨が降りだした。引き返そうとも思ったが、雨もさほど激しくはなく、それよりも、小雨に煙る比叡ひえいの山裾の林の風情に興きょうをひかれ、そのまま林の奥へと進んだ。それがいけなかった。進むにつれ、足元の道がしだいに狭まり、やがて草むらに消えてしまった。その時になり、初めて、枝道に踏み込み、迷ったのに気が付いた。迷ったと思った瞬間、気が動転してしまい、引き返せばよかったのに、かえってますます深い林の奧へと突き進み、完全に迷ってしまった。
どれほど歩き回ったことか…。取り憑つかかれたように木々の間を彷徨さまよい、そのあげく、足腰が引き攣つり、ヘタヘタと地面に座り込もうとした時、不意に目の前の林が開け、古びた神社が見えた。そして、ようやくのことで、その神社の境内に迷い出た。
奇妙な神社だった。このような神社が比叡の山腹にあろうとは思ってもみなかった。だが、それよりも林から脱け出た安堵で傍かたわらの石に腰を下ろし、辺りを見回すと、色褪いろあせた社殿の石段に一人の老人が胸を押さえて蹲うずくまっているのに気が付いた。ひどく苦しそうだった。
その老人に目が止まると、不思議なことに体が自然と動き、老人の傍かたわらへと駆け寄り、助け起こしていた。しばらくして老人は元気を取り戻し、私の介抱がよほど嬉しかったらしく、お礼にと私をしきりに自宅へ誘った。その誘いにのって八瀬の老人の屋敷へ赴いたのだが、それがそもそもの始まりだった。その老人が小野老人で、後から知ったことだが、その神社は早良親王さわらしんのうゆかりの祟道神社すどうじんじゃの分社だった。
※
厭いとわしい……。あの時、小野老人の誘いにのらなければこんな目に遭わなくてすんだのに、悔やんでも悔やみきれない。あの屋敷で聞いたことを全て忘れたい。だが、こんな雨風の強い闇夜、比叡の山裾の薄暗い下宿部屋に一人でいると、忘れようにも忘れられなく、かえってまざまざと思い浮かんでくる。いったい、あれは、あの時の話は何だったのだろうか……。
◆ さて始めに…
「皆様、この雨の中、遙々洛北・八瀬の地までよくおいでくださいました。いつもの会を開きますが、その前に、今日はお若い方をお連れいたしました。この地から少し下った三宅八幡で下宿なさっている学生さんです。会の決まりでお名前は申せませんが、お若いのに親切なお方で、つい先ほども、私、この方に助けられました。先月の五月五日は祟道すどう様の祭りでしたが、月こそ違い、今日も五日、親王様をお慰めいたそうと祟道様のご分社へ参ったのですが、その折り、急に胸が痛みだし、境内で蹲っておりましたところ、この方に助け起こされ、介抱されました。誠に親切なお方です。この方に助けられたのも親王様のお引き合わせ、何かのご縁かと思いまして、この会にお連れいたしました」
山間を流れる高野川の傍らにある屋敷の奥座敷で、小野老人が、居座る十人余りの人たちに紹介した。晴れていれば座敷から庭越しに見えるはずの比叡の頂も降りしきる雨にかき消されていた。
「この方についてのご心配はご無用かと思います。この方と、道々いろいろとお話をいたしましたが、お心ばえもしっかりなさっておられますし、お人柄も信頼できます。ですから、皆様のお話をお聞かせいたしましてもご心配はないと思います。私が厳選いたして、この会にお招きしました皆様方とご同様に会の秘密は守る方と存じます。そういうわけで、今回からこの方を会にお入れいたそうと思います…」
小野老人は多少押し付けがましくその場の人たちに了解をとった。居座る人たちはいずれも社会的な地位や名声、財もありそうな紳士然とした人たちだった。だが、一様に顔に翳かげりがあり、小野老人の話に無表情に軽く頷くばかりで、ひたすら押し黙っていた。そして、その人たちの正面、座敷の床の間には、青竹に一反の布を着物の形に巻きつけた鉾ほこのようなものが立て掛けてあった。
「ご承諾くださいましてありがとうございます。それではさっそくに会を始めますが、その前に今しばらくお時間をくださいませ。と申しますのも、今日初めてご参加いただいた方もおいでになるので、この会について少しご説明いたします。初めての方は早良親王さわらしんのう様をご存じでしょうか。桓武天皇かんむてんのうの弟君で英邁えいまいであるが故に兄の天皇様から妬そねまれ、いわれなき謀反むへんの罪を着せられ、怨みを抱いてお亡くなりになられました。その後、その怨みで祟たたりをなされ、平安の宮中で最も恐れられた御霊におなりになり、後に祟道天皇のお名前を朝廷からお与えになられた方でございます。その親王様の母君の高野新笠たかののにいがさ様がこの八瀬のご出身で、その地縁から八瀬の地に古くから住んでおります小野の一族が代々この地にて親王さまのお気持ちを鎮しずめてまいりました。私も小野の一族の血を引く者で、親王様のお気持ちを鎮めるとともに、親王様と同様にこの世に恨み辛みをもっておいでの方々のお気持ちを和らげ、安らかな日々をお送りになるようにと手助けをしてまいりました……」
そこまで話すと老人は口を閉じ、居座る人たちをじろりと見据えた。屋根を打つ雨音と、山間に響く高野川のせせらぎ以外、座敷の中は重々しく静まりかえっていた。
「人というものは年を重ねるごとに怨みと悔いが募る一方で、それが我が身を縛りつけ、生を終えてもそれから解き放されることもなく、この世の闇でいつまでも徘徊はいかいするものでございます。人とはまったく哀れなものでございます。他人には語れぬ秘めた怨みや悔くいを親王様の拠り所である布鉾の前で吐き出し、親王様の大きな怨みの中に吸い上げていただき、我が身の恨み辛みを軽くいたしてもらいましょう。その思いで皆様をこの会にお招きいたしました。ですが、ご心配なく、親王様とか布鉾とか申しておりますが、今流行のいかがわしい新興宗教ではございません。親王様や布鉾は私の方の事情、言わば私側の都合でございまして皆様方にはまったく関わりのないことでございます。皆様は心の重荷になっていることをお話しになり、お気持ちを安らかになっていただければそれでよろしいのです。洗い浚いお話しになってもこの会の外に漏れることはございません。先ほど申しましたように、お互いが誰なのかは分かりませんし、私が厳選いたしました方々ですので、ここでお話しになったことは絶対に外部に漏れることもございません。どうぞご安心ください。前置きが長くなりました。それでは始めることにいたしましょう。では……」
小野老人は話し終えて、部屋の片隅に座っている五十年輩の男を手招いた。
「どうぞ、こちらでお話しくださいませ…」
男は招きに応じて床の間の前に進み、布鉾に軽く一礼し、振り向いて座り直した。若い頃はさぞや美男だったろうと思われる整った顔立ちをしていたが、その顔の所々には荒んだ生活の跡が滲み出ていた。高価なスーツで身を包んではいたが、体からはプンプンと腐臭ふしゅうが漂っているようだった。
その男は口を開いた。
今日から、小説「香積響 著 『洛外八瀬奇譚』」の連載を開始する。
小説の題名の『洛外八瀬奇譚』は、(らくがいやせきたん)と読み、意味は概ね「京都洛北の景勝地八瀬での不思議な話」ということになるだろうか。
著者は若い頃京都に住んでいたことがあると聞いている。その当時の体験を小説にしたのだろうか。初回を読むと、題名通りに少し不思議な話というか、奇怪な話が語られいきそうな予感がする。これからの連載が楽しみである。
この連載小説は、二週間置きに連載していく予定にしている。
著者から次のようなコメントを貰ったので、紹介しておく。(6月5日)
八瀬は、京都の景勝地というより、現在でも天皇の葬式の時、その棺を担ぐ八瀬童子のいる所で、表の比叡山延暦寺に対して裏比叡と呼ばれる地帯で、京都の鬼門にあたる影の地帯です。全作『夢を覚えている朝』の舞台でもあり、昔の私の下宿していた所でもあります。出版されている著者の小説
「戸隠の熱い夏」
http://www.ofours.com/books/60/







