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洛外八瀬奇譚 一覧

 それからが針の筵に座っているようなものでした。毎日がハラハラドキドキの連続でした。ですが、一週間経ち、二週間経ち、一ヵ月経っても洋子からは何の連絡もありません。そして、二ヵ月が経ちました。やはり連絡がありませんでした。その頃には洋子も忘れたのだろうと先ずは安心しておりました。それに洋子ばかりに関わっておれない不祥事が学校で起こりました。二年の女子生徒が問題を起こしたのです。それもよりによって援助交際で警察に補導されたのです。援助交際と言っても売春と変わらないのですが、未成年ですので自らが遊ぶ金欲しさに体を売っても法律的には被害者で、それによって学校でもその子を公然と厳罰に処せれなく、その後の学校での生活指導が微妙なものになります。私も長年の教員経験でその微妙さはよく分かっていますし、騒ぎが大きくなれば学校の名前にも傷がつきます。それに生徒の生活指導の総括責任者が教頭ですから私自身の落度にも繋がりますので、できるだけ荒立てず穏便にすまそうと思い、問題生徒の前に立ちました。校長の代わりに問題生徒を叱責・指導するのも教頭の仕事の一つです。
 指導室でその生徒と向かい合うと、どうしてこんな子がと思うほどの、まだ稚さ残る可愛い顔立ちの女子高生でした。私は穏やかにその子に話しました。こんな事をしていたら将来どうなるかとか、高校生の男女交際の在り方だとか、愛や性のことについて優しく話しました。話しているうちにその子の表情が気にかかりました。最初は殊勝に私の話を聞いていましたが、性に関わる話をしだした頃から、その子の口元に薄ら笑いが浮かび、その少し開いた唇が濡れて赤くヌメヌメと光っているのです。そして、時たま私を上目使いで見る目が少女の目ではなく、男に擦れた女のような目なのです。生徒が先生を見る時の目ではなく、商売女が客の男の品定めをする時のような目なのです。一見、可憐な女子高生のようでありながら、制服の下の体は何人もの男を知っいるに違いありません。その時、私はあることに気が付きました。その生徒は誰かに似ているのです。それもよく知っている誰かにです。そしてようやく思い当りました。それは二十年前の洋子です。二ヵ月前から私を悩ませ続けてきたあの洋子に似ているのです。
 それに気付いてから私の口調が変わりました。怒りが込み上げてきたのです。私は容赦なく目の前の女の子を責め立てました。罵詈雑言で怒鳴りつけました。援助交際の高校生を叱っているのではなく、その生徒に重なった淫らで身勝手な洋子に怒りをぶつけていたのです。生徒は机に顔を伏せ、身を震わせて泣いていました。その背に更に汚い言葉を浴びせかけ、手厳しく叱責して女の淫らさを誹りました。そんな私の罵声と異常な興奮に驚いたのでしょうか、隣室から生徒指導係の教員が駆け込んできて私を宥めました。もしその教員が来なければ、私はその生徒を殴っていたでしょう。生徒は泣きじゃくりながら部屋の外へと連れ出されました。そして、部屋から出ようとした時、その生徒は涙を堪えて私を睨み付けました。その目には恨みが籠もっていました。そして、その目を見て私はふと土井の目を思い出しました。背筋がブルブルと震えました。二度と思い出したくない目でした。
 しばらくして幾分気持ちが静まってきました。その時には悔いが胸を占めていました。体を売っていたとはいえ、年若い女の子に余りにも酷いことを言い過ぎました。未成年者に対して何の配慮もない叱責でした。そして、その夜、その女の子はマンションの十二階の自分の部屋から発作的に飛び降りて死にました。学校で強く叱られたのがよほどショックのようでした。
 何ということでしょうか、洋子に囚われて私はまた一人の生徒を死なせてしまいました。忘れかけていた土井のあの目付きがまざまざと蘇ってきました。悔やんでも悔やみ切れるものではありません。私はその事で退職を覚悟いたしました。ですが、生徒の親が娘の援助交際を隠したかったのと、県の教育委員会が報道関係を極力抑えたので、生徒の自殺は大げさに報道されることもなく、動機も曖昧なままで処理されました。一難は去ったといえ、生徒を自殺に追いやった原因を一番よく知っているのは私自身です。私の胸は後悔で張り裂けそうでした。土井の自殺で受けた心の傷はとっくに治ったと自分では思っていましたが、治っているように見えたのは表面だけで深部はまだ傷付き、化膿して膿が溜まっていました。そして、その膿が再び疼きだしたのです。
 その日以来、胸の奥の膿の疼きが私を苛みはじめました。私はその疼きを忘れる為に酒を飲むようになりました。京都を去ってから滅多に飲まなかった酒を毎日浴びるように飲むようになりました。そんなある日のことです。隣市の山あいの温泉で懇談会を兼ねた地区の教頭会がありました。その夜の宴会でも浴びるように酒を飲み、まだ飲み足らなく宿の外の居酒屋で一人で飲んでいました。その時、私に声を掛けた者がいるのです。酩酊した目で声の主を確かめると、先ほどの宴会場にいた旅館の仲居でした。色白でぽっちゃりとした男好きのするような中年の女でした。今は崩れていますが若い時はさぞや綺麗だったろうと思わせる女でした。宴会場で顔を見た時から、どこかで会ったように思っていたのですが、はっきりと思い出せなくて気になってはいました。その仲居から声を掛けられ、意気投合してますます杯を重ねました。そして、その仲居に誘われるままに旅館に帰り、仲居の用意した部屋の寝床に入りました。その頃にはすっかり酔いがまわり、何が何だか分からなくなっていました。ただ断片的に、女の白い乳房とか、裸の女の上に覆いかぶさり、喚ぎながら腰を動かしていたことなどを覚えていますが、細かいことは何も覚えていません。朝になって目を覚ますと部屋の中で一人で寝ていました。ですが、前の晩に確かに女と関係したようで、酒の上での大失態だと悔やみながら慌てて旅館を出ました。旅館から出る前に昨晩の仲居を探したのですが、どこへ行ったものやら姿が見えず、また、その温泉場は男女の風紀の乱れた所として評判でしたので、その仲居もその類の女だと思い、宿から逃げるようにして家に帰りました。
 それから二日後のことです。学校へ電話が掛かってきました。その声を聞いて、それがあの時の仲居だと分かると、体が凍て付き、固まりました。厭なことが起こりそうな気がしました。電話口で仲居はもう一度あの旅館で会いたいと言うのです。会わなかったらあの夜の事を教育委員会や学校長に告げるとも言うのです。また、その種のゴシップ記事を好んで扱う週刊誌に投稿するとも言いました。脅しです。仕方がありません。私は週末にあの旅館へ行くと約束し、電話をきりました。悪い女に引っ掛かったと思いました。先ず金のことが頭に浮かびました。そして、週末に、用意できる限りの金を集めて温泉宿へと出向きました。
 旅館の部屋に入り、一人座りながら口止め料をあの女にどのように話し出そうかと考えていました。すると、襖がスッーと開いて目の前に艶やかな和服の女が現われました。臙脂紫に花を散らした着物の女が芳しい匂いとともに入ってきたのです。髪は夜会風に巻き上げ、化粧した顔に薄く紅がさしてありました。思わず生唾を呑み込むほどの妖艶な美しさに包まれました。私はしばらくは茫然と女を見つめていました。女は私が見惚れているのを充分に意識して私の傍らに座り、思わせ振りに口を開きました。
「あの晩はずいぶん酔ってらしたわね…」
 その時、ようやく気付きました。美しく装っていますが、その女はあの時の仲居だったのです。私はこの女と関係したのかと思うと妙な気になってきました。ですが、気を取り直して用件を済まそうと尋ねました。
「あの、金なら、ここに、これだけしかないのだが、これだけでは……」
 恐る恐る言うと、女は口元に艶かしい笑いを浮べて私に寄り添うと、媚を浮べた目で私を見つめて言葉を継ぎました。
「先生、まだ気が付かないの。私よ。久しぶりに先生に抱かれたわ。やはり先生に抱かれていた時が一番よかった…」
 驚きました。幾千本もの針が心臓に一時に突き刺さったような気がいたしました。ようやく誰だか分かりました。その女は洋子でした。
「よかったわ。あの時に…」
 洋子は思いに耽りだしたようでした。私は洋子に『違うんだ。おまえは思い違いをしている。俺はおまえを高校生の時には抱いていないんだ。勝手に思い違いされては困る』と言いたかったのですが、その言葉を呑み込んでしまいました。なぜなら『抱いていない』と言っても、つい先日に酒の上とはいえ洋子を『抱いて』いるからです。抱いた事実があるからには、いくら昔の事は身に覚えがないと言っても、洋子が私に中学の時にレイプされ、その後も高校で体の関係を続けてきたと言い張れば、先日に体の関係ができた以上、それを強く否定できる自信がなくなったからです。その時です。洋子が目に妖しい光を浮べて私を誘ったのです。
「ねぇ、先生。もう一度私を抱いて。酒抜きで今度は真剣に私を抱いて、ねぇ、お願い」
 そう言うと洋子は私の手を引いて、隣の部屋の戸を開けました。そこには既に寝床が敷いてありました。
「さあ、先生、早く。あの時のように…」
 洋子は私を部屋に誘い入れると、帯を解きはじめました。その帯を解く音が私の欲情に火を点けました。真紅の長襦袢の胸元を開き、裾を乱して洋子は寝床に横たわりました。私は我慢できなくなり、教職であるのも忘れ、洋子の体に貪りつきました。手と口の中の豊満な肉の感触がいっそう私を狂い立たせました。未練として溜りに溜まった想いを吐き出すかのように爛熟した中年女の体にのめり込みました。熟した洋子の体を頭の中では高校生の洋子の体と見立てて責め苛みました。洋子は狂おしいほどに悶え、喘ぎ、その悶えと喘ぎの中で私も果てました。
 どれほど時間が経ったでしょう。私の横で寝ていた洋子が身を起こし、体を合わせ後の女の馴々しい口調で私に話し掛けてきました。
「よかったわ。最高だったわ。先生、喉が乾かない。水、飲まして上げるから」と言って、枕元の水差しの水を口移しで私の口に注ぎ込みました。
その時です。水と一緒に何か小さな固形のような物が喉を通っていきました。
「うえっ、何だ。何を飲ませたんだ…」
 私は上体を起こして洋子に問い詰めました。ですが、洋子は口を閉ざしたまま妖しげな笑いを浮べて私を見つめているのです。私はそれを吐き出そうとしましたが、それもかなわず、苦しさのあまり喉をかきむしりました。と、洋子は急に私に抱きついてきて、口を開きました。
「もう思い残すことはないわ。最初に抱かれた先生に最後に抱かれて死ぬの。もうこの世に未練はないわ。男なんか、もういや。先生に抱かれた高校の時が一番よかった。もう一度あの頃に戻りたい…」
 私は恐怖に囚われました。洋子を振り払い、再度吐き出そうとしました。
ですが、洋子にきつく抱き締められて身動きがとれません。
「先生、一緒に行きましょう」と言うと、洋子は掌に握り締めていた物を飲み込みました。
《この気違い女め、なんてことをするのだ…》
 洋子は薄ら笑いまで浮べ、女とは思えぬほどの馬鹿力で私を抱き締めました。
《なんて奴だ。なんで俺がこの女と死なねばならないのだ。後一歩で校長だというのに。それに女房や子供は…。とにかく逃げださねば、吐かなければ…》
 私は最後の力を振り絞り、洋子を突き飛ばしました。その時、胃の腑が焼き爛れ、灼熱の激痛が喉に込み上げてきました。そして、目前が真っ赤に染まり、忽ちに闇になると、辺りがシーンと静まりかえりました。その暗闇の静寂の中に声が響きました。
「先生、さあ行きましょう」
 私は茫然とその声を聞いていました。
         ※
 焦茶のネクタイをした眼鏡の男はふっと溜め息を漏らし、その後は口を噤んで、虚ろな目を膝の前の畳に落した。
「ありがとうございました。詳しくお話くださいましてお疲れになったでしょう。悔いはいくら語っても軽くはならないもの、まして誰へ恨みをぶつけてよいのか分からぬ時はなおさら恨みが募るものでございます。先ずは気を静めてくださいませ」
 小野老人は男を宥め、聞き入る客に向かって話しだした。
「皆様もお疲れになられたでしょう。おやおや部屋の中もすっかり暗くなりました。明かりを点けることにいたしましょう。それでは次の話に入ります前にしばらく休憩を取ることにいたします。部屋の後にお茶やお酒を用意いたしました。ご自由にお召し上がりください。それでは十五分後に…」
 小野老人は立ち上がると、ぼんやりと座っている男を促して隣の部屋へと連れ出した。


作者の言 
 本業の方が忙しくなりましたので、連載はしばらく休ませてもらいます。

 その時、道場の入口の戸が急に開きました。振り返ると洋子が戸口に立っていました。私の後を付けてきたようでした。もう土井に関わっている暇などなくなりました。
「土井、ちょっと待ってくれ。急用ができた。今、相談しなければならないことなのか…」
 私の拒むような言い方に土井は怯みました。
「いえ、今でなくても……」
「それなら明日にしよう。明日相談にのるから。いいな、今日は急ぐから、また明日な」
 土井との話を打ち切り、私は慌てて洋子の所へ歩み寄りました。
「どうしたの…」
 どぎまぎしながら洋子に尋ねました。洋子は思い詰めたような顔をしていました。濡れた唇がいつもに増して赤く煌めいていました。
「話したいことがあるの…」
 それだけ言うと、口を噤み、あの底光のする目でジロリと私を見るのです。厭な予感がしました。
「分かった。用具小屋へ行こう」
 私はレスリング道場を出て横の用具小屋に洋子と連れ立って入りました。
「どうしたの…」「先生、私……」
 洋子は言葉に詰まると、いきなり制服を脱ぎました。
「昨日の夜も眠れなかったの。先生、もう我慢できない。先生、私を抱いて、強く抱いて、思い切り抱きしめて、ねぇ、お願い……」
 言うやいなや、体を私にぶつけてきました。
「待て、ちょっと待て…」
 驚きのあまり、私は、抱き付こうとする洋子を両手で押し止め、慌てて数歩退りました。
「駄目だ。君の気持ちはよく分かるが、こんな所では駄目だ。いいか、今は駄目なんだ。もう少し待ってくれ」
 自分でも何を言っているのか分かりませんでした。洋子の突飛な行動に動転して支離滅裂なことを口走っていました。その時は洋子の白い胸の膨らみに目を奪われながらも、何か恐ろしい罠にでも嵌まったかのように思い、一刻も早くこの場から逃げ出したい衝動に駆られていました。小心者の臆病さが露骨に現れ出たのです。すると、洋子は私を一瞥して、やけにはっきりと言い切りました。
「分かったわ。今の私の体では駄目なのね。私、待つわ。そして、もっと素晴らしい体になるわ。そうなったら、先生、必ず私を抱いてね」
 何がどう分かったのか、洋子はそう言うと、制服を素早く着込み、戸口から飛び出ていきました。その姿を見ながら私は傍らの椅子に崩れるように座り、大きな溜め息をつきました。やり過ごしたという安堵感が込み上げてきました。また、その一方で、洋子の白い上半身にやたらと未練が募り、美味しい餌をみすみす取り逃がしたような気もして残念で
たまりませんでした。
 しばらくして私は熱病に浮かされたような状態で用具小屋を出ました。すると、そこで道場から出てきた土井にバッタリと出会いました。その時、土井と目が合いました。彼の目には私への蔑みが浮んでいるように見えました。きっと私の心を見抜いていたに違いありません。ですが、土井は私に黙礼して足早に立ち去りました。その夜、私は眠れません
でした。眠りに陥ろうとすると、土井の蔑むような目と、洋子の白い胸の膨らみが浮かび上がり、自己嫌悪と淫らなときめきとでまんじりともできませんでした。
 翌朝、眠い眼を擦りながら職員室に入ると、室内が騒めいていました。事件が起きたようでした。胸騒ぎがして傍らの職員に尋ねると、私の学年の生徒の一人が鉄道自殺をしたとのことでした。驚きました。そして、直ぐに頭に浮んだのが洋子のことでした。
《自殺した。もしかしたら洋子が…》
 ですが、自殺したのは洋子ではありませんでした。そして、自殺した生徒の名を聞いて更に驚きました。体から力が抜け、思わず椅子に崩れ込みました。
《しまった。あの時、道場で……》
 死んだのは土井でした。その時、ふと作文を思い出しました。洋子の書いた日誌を机上に投げ付けた時、何気なく手に取った作文のことです。あの作文には自殺のことが書いてありました。書いたのは土井でした。
《しまった。あの時も土井は俺に訴えていたのだ。助けを求めていたのだ。それなのに俺は洋子に気をとられて、作文と道場での二度にわたっての土井の訴えを見過ごしたのだ。そのあげくが、彼をむざむざ死に追いやったのだ…》
 体がブルブルと震えました。洋子にうつつを抜かし、助けを求めてきた生徒を見殺しにしてしまったのです。悔やんでも悔やみきれません。眠れぬ夜が続くようになりました。時たま眠ると、夢に土井が現われ、険しい目で私を睨みつけます。それは小屋の前で会った時の土井の目でした。そして、その背後に、裸同然の洋子が発情期の猫さながらの目で
私を見つめているのです。罪の意識で身が苛まれ、蕩けるような欲情で身が火照ります。更に、その欲情で罪の意識に拍車がかかり、一晩中、うなされるのです。
 それ以来、生徒に接するのが怖くなりました。生徒が壊れやすいガラス細工のように思え、私の何気ない言葉の一つで容易く壊れ、直ぐにでも死を選ぶような、そんな、あまりにも脆く危なっかしいもののように思えてきたのです。その一方で、洋子は前よりも増して日記に淫らな言葉を書き連ね、人目も憚らずに私に纏わり付いてくるようになりました。そんな洋子のそぶりから、それまで子どもだと思っていた周りの女子生徒に必要以上に女を意識し、以前のように気安く話しかけれなくなりました。とにかく教壇に立つと、そこには壊れやすい華奢なガラス細工が危なげに立ち並んでいて、僅かでも触れると忽ち粉微塵に砕け散るように思え、また、更に悪いことに、ガラス越しに女子生徒の制服の中身の
淫らな色も透けて見えてくるようで、それらが私を破滅へと誘うように思えるのです。取り分け洋子のガラス越しの中身は色濃く淫らで、いったんその誘いにのると無限の底無し沼に引きずり込まれ、確実に身の破滅が訪れるような気がするのです。ですが、おぞましいとは思いながらも、私はしだいに洋子の体に惹かれていきました。洋子の若い肉体の隅
々が気にかかり、また、そのつど、土井の咎めるような目も思い浮かんできて、悔いと欲情とが渦巻き、発狂しそうなほどでした。そして、学校へ行くのが厭で厭で堪らなくなってきました。
 そんな時、故郷から父の死の報せが届きました。幼い頃から私は父に家業の酒造りを継ぐようにと言われ続けてきましたが、その言葉に反発し、京都で教師をしてきたのですが、その父が死んで頑なな処が消え、身の周りのことが、洋子や土井のことも含めてですが、全てが煩わしく厭わしくなってきました。そして、父の葬式の為に故郷へ帰る電車の中で教師を辞めてそのまま故郷に住むことを思い立ったのです。若い時には後足で砂をかけるようにして故郷を捨てたのですが、その頃には私を癒してくれるのは故郷しかないように思えたのです。その時、ただ一つの慰めになったのは、京都に残ると思っていた妻の妙子が一緒に付いてきてくれたことでした。
 故郷に帰ってから、しばらくの間、家業の酒造りを手伝いながらブラブラとしていましたが、叔父が県庁で総務部長だったこともあり、そのつてで地元の高校に再び勤めることになりました。京都での事件以来、教職には嫌気がさしていたのですが、新たな勤め先を探しても、つぶしのきかない元教員では雇ってくれる所もなく、また、家業の酒造りも弟
が父の生前から受け継いで細々とやっているのでいつまでも甘えているわけにもいかず、それに故郷に帰ってから分かったのですが、妙子が妊娠していたのです。失意中でしたのでこれほど嬉しいことはありませんでした。ですから、この子の為にも職種にこだわっている暇はなく、再び教職に就いたのです。
 そして、再び教職に就くにあたって決心したのは、生徒にどう批判されようが、絶対に生徒と深く関わらないようにしよう、それに、生徒に絶対に甘い顔などを見せないティーチングマシーンになりきろうということでした。もう二度と京都でのような事を繰り返したくはなかったからです。その決心のとおり、教職に就いてからは生徒との交流をできるだけ避け、学校運営に携わる仕事ばかりをやってきました。生徒から見れば、私はまったく面白みのない退屈な教師でしたでしょうが、校長や教頭などの管理職から見ると学校運営に役立つ者として重宝だったでしょう。それと県庁の叔父のおかげで、他府県からの移籍教師のわりには早く出世して、県でも若い教頭の一人となったのです。ともかく教職に
再び就いてからは土井や洋子のことを思い出さないようにして、教育課程や授業運営などの無味乾燥な仕事ばかりに熱中してきました。そして、早々と教頭になり、次期校長にとの話も出てきたのです。そんな時、突然、洋子が私の前に姿を現わしたのです。
 洋子は実に変な女でした。故郷に戻ってからも彼女から何度となく手紙がきました。手紙には京都から黙って去ったことを詰るような言葉が書き連ねてありましたが、私は一度も返事を書きませんでした。次に、どこで調べたものか、幾度となく家に電話がかかるようになりました。電話口でも洋子は私を詰りました。そのしつこさに辟易して私は妙子に
「京都の学校での変な女の子に付き纏われて困っている」
と打ち明け、電話の取次も断ってもらいまました。ある時、あまりのしつこさに妙子が電話口で声を荒げて洋子を激しく非難してから、洋子からの電話や手紙もめっきりと減り、二年ぐらい経って久しぶりに家に届いた手紙に
「先生によく似た人と間もなく結ばれる。今は幸せ」
と書いあったのを最後に音信がなくなりました。
 その手紙を見て私は実のところホッとしました。手紙や電話に飽き足らなくなった洋子が不意に私を訪ねてくるのではとビクビクしていたからです。ですが、洋子に好きな男ができ、その男と結ばれるなら、私のことなど、すっかり忘れるだろうと思ったからです。女というものは、私ども男とは違い、今が幸せなら昔の事などは全て忘れてしまえるし、将来のことなども深く考えないですましてしまうところがあるようです。今が一番と言うか、情が深くて目の前のことにしか興味が持てないとでも言いましょうか、そこが昔の事を忘れられずにイジイジしている未練がましい男とは違うようです。そんなわけで、男ができたという洋子の手紙を読んで私はホッとしました。案の定、それからは洋子から手紙も電話もこなくなりました。しかし、安堵はしたものの、私に抱いてくれと言った女が別の男に毎晩抱かれているのかと思うと、少し惜しいような変な気もして我ながら自分の未練がましさに呆れておりました。
 それから二十年近くも経ちました。その間も時折り洋子や土井を思い出しましたが、月日が経つにつれ、自分のことでありながら他人事のような、朧な夢の中の出来事のように思えてきました。そんな時でした。洋子から突然電話がかかってきたのは……。
 最初、その電話の主が誰なのか分かりませんでした。しばらくして洋子だと分かると、寝耳に水の驚きがおぞましさに変わり、顔が引き攣り、心臓が張り裂けそうになりました。しかし、洋子は私の気持ちなどには関わりなく実によく喋りました。その話を私は平静さを装いながら辛抱強く聞きました。洋子を少しでも刺激したら、どのような行動にでるか分かったものではありません。ですが、聞けば聞くほど、洋子の話はおかしなものでした。洋子はやはりどこか変なのです。話の内容は洋子が今まで関係してきた男との事ばかりでした。多くの男と関係してきたようで、そのどの男ともうまくいかず、つい先日にも同棲していた男に棄てられ、どん底状態だと言うのです。そして、最後に「昔はよかった。若い頃が懐かしい。先生に抱かれていた頃が一番よかった」と言い出すのです。その言葉を聞いて驚きました。私は洋子を一度も抱いたことはありません。終いには腹が立ってきました。ですが、強く言い返すと暴れだすのではと思い、やんわりと否定しながら宥めるようにして電話を切りました。受話器を下ろすと、あまりの忌ま忌ましさで吐き気がしました。しかし、それだけでは済みませんでした。それから三日後に学校に分厚い手紙がきたのです。
 その手紙もおかしなものでした。今まで関係してきた男たちの悪口をさんざんに書いた後に「男はもう懲り懲りだ。疲れた。死にたくなった」と書いて、「だが、若い頃はよかった」として学生時代の私との事を書いているのです。しかし、その内容がおかしいのです。例えば「?何も知らない中学生の私を先生は宿直室で無理やり抱いて女にした。だが、その時は痛いだけで何も感じなかったが、その後、高校の用具小屋で何度も先生に抱かれ、それで初めて女の喜びが分かった。先生によって私は女になり、先生に抱かれていた時が今までに一番幸せだった?」と書いてあるのです。洋子は私を中学校でレイプした体育教師と混同し、高校でも私に引き続き抱かれていたと思い込んでいるのです。その上、それをどうも気持ちの上で美化しているらしいのです。錯綜した記憶を自分なりに都合のよいように作り直して思い込んでいるようなのです。更に「私を女にした先生にもう一度抱かれ、その後で死にたい。疲れてしまった」などとも書いているのです。とんでもないことです。確かに洋子を抱きたいと思ったことはありましたが、身に覚えのないことで深想いをされ、校長にとの声が上がっているこの時期に訪ねてこられては迷惑千万です。今までの努力が無駄になってしまいます。
 洋子は今まで関わってきた男の毒が頭にまわり、狂ったに違いありません。幾度も男で悲惨な目にあって、それを慰めようと、男との好い思い出を探しているうちに、過去の幾つかの曖昧な記憶が繋ぎ合わさって私とのありもしない関係を作り上げたのでしょう。可哀相と言えば可哀相なのですが、それを私との事にしてもらっては迷惑至極です。迷惑を通り越して腹が立ってきました。そんな洋子の思い込みを正さねばと、手紙の住所を確認しましたが、住所は書いてありませんし、電話番号も分かりません。ですが、手紙の消印を見て驚きました。消印は私の住んでいる市の隣の市のものなのです。一瞬、ゾクッとしました。まだ京都にいるものとばかり思っていた洋子が、案外、私の近くにいたのです。こんな近くならば、いつ何時、不意に私の職場や家に訪ねてくるかしれたものではありません。あの奇っ怪な妄想を抱いてです。ますますゾクゾクとしてきました。


◆その弐・思い込み

 まことに恥ずかしい話なのですが、お聞きくださいませ。私、山陰のある県立高校で教頭をいたしております。私の勤めていた高校は県の中でも名門校でして、その高校の校長に私をとの話が教育委員会から内々にあり、嬉々として毎日を送っておりました。そんな矢先のことでした。洋子から突然に電話が掛かってきたのです…。まったく悔やんでも悔やみ切れません。それでは順追ってお話することにいたしましょう。
 もう二十年ほど前になりますが、私はこの八瀬から山一つ越えた岩倉の高校で教員をいたしておりました。故郷の高校から京都の大学に進み、卒業後もそのまま京都に残って教職に就き、二年後には大学の後輩の妙子と結婚して、あの事が起こるまで穏やかな日々を過ごしておりました。ただ不満と言えば、結婚して十年にもなるのに子がいないことぐらいでした。そんなある日のことです。あの日も今日のようにシトシトと雨が降っておりました。
 あの日、いつものように清掃の点検を終え、人気のない職員室に戻りますと、机上にクラス日誌が置いてありました。当時、私は普通科二年のクラス担任をしておりました。
 椅子に座って何気なくその日誌を開きますと、感想欄に、いかにも女子高生らしい丸まった文字で走り書きがしてありました。その文字に目が止まると、思わずドキリとして声を上げそうになりました。そこには『先生が可哀相。私が先生の愛人になって、先生の子を産んであげる』と書いてあったのです。
 その頃、私は妙子との長年の不妊治療がうまくいかず、子どもを半ば諦めておりました。それとともに、治療の失敗から妙子との間もギクシャクとして、日々、満たされぬ気持ちのままモヤモヤとしていました。そんな時ですから、若い女の子から『愛人になってあげる。子を産んであげる』などと言われると過剰に反応して取り乱してしまったのです。率直に申しまして、溜りに溜まった欲求不満の我が身へ、若い女の子が進んで体を投げ出してきたようで思わず食指が動いてしまったのです。教職の身でありながら誠に恥ずかしいことです。
 しかし、よくよく考えますと、この種の日誌に生徒がそのような事を本気で書くはずがないわけで、そう思うと、今度は三十四歳の大の男が十七歳の小娘にからかわれたようで、やたらと腹が立ってきました。そこで、校内放送で日誌当番を呼びつけて叱ろうと思い、勢いよく席を立ったのですが、直ぐに思い直して座り直しました。と言うのも、職業柄、思春期の女子高生が性的な言葉を若い男性教師にわざと言って教師をからかうのは学校では時たまあることで、これもその種の悪ふざけだと思ったからです。むしろ、このような悪ふざけに引っ掛かる教師の方にこそ問題があるのだと言い聞かせ、気持ちを静めようといたしました。そして、当番の戸田洋子のことを思い浮かべました。ですが、どうしても戸田がこのような悪ふざけをするような生徒には思えないのです。
 洋子は色白で整った顔立ちの大柄な生徒で、休み時間には、窓際で一人ぼんやりと空を見上げているか、本を読だりしている生徒でした。そのくせ、ホームルームなどでは歯に衣着せぬ言葉でズバリと意見を言ったり、思い立つと周りの思惑などは気にせずに突っ走るようなところもありました。ですが、概して静かで、クラスではあまり目立たない生徒でした。ただ印象に残っていることと言えば、新学期早々の個人面接の時に、私の問い掛けに目を伏せてポツリポツリと話す洋子の唇が妙に赤くてヌメヌメと濡れて肉感的だったことと、授業中に私を異様なほど熱心に見つめて、それが不思議だったことでした。今思い返せば、洋子の唇に見入った時にどうやら私の心に魔が忍び込んできたようでした。
 話を元に戻しますが、日誌を見ながら洋子のことを思い浮かべていると、突然、職員室の戸が開きました。そして、暗い廊下から洋子が顔を覗かせ、徐に私の傍らに寄り添ってきたのです。驚きました。ですが、教師である手前、生徒に余裕ある姿を見せねばと、わざと鷹揚に笑って洋子に話し掛けました。
「戸田さん、この日誌、びっくりしたよ。大人をからかってはいけないよ。もし本気にしたらどうするんだい」
と気さくに話し、その後は二人の軽い笑いでその場を終わらせようとしたのです。ですが、洋子は笑はないのです。押し黙ったまま私の顔を見つめ、あの濡れたような赤い唇を開き、
「本気なんです。先生のこと、好きなんです。先生に子どもを産んであげたいの…」
と言うと、身を翻して職員室から飛び出て行きました。私は唖然として洋子の後ろ姿を見つめながら大きな溜め息をつきました。そして、
《まただ。また生徒の疑似恋愛に付き合わされる…》
と煩わしくなりました。
 思春期の、恋に恋し始めた女子生徒が、身近な男性教師を恋の対象として恋愛の練習を始めるのも学校ではよくあることでした。私も独身の頃は女子生徒にその対象とされたものでした。その頃は私も若く、そのような女子生徒を一人の女性としてどのように扱えばよいのかと真剣に悩んだものです。ですが、悩んでいるうちに女子生徒の方がいち早く熱から冷め、素知らぬ顔で卒業していきました。そんなことが度重なるにつれ、そのことで真剣に悩むのが馬鹿馬鹿しくなり、女子生徒に言い寄られると煩わしさだけが増すようになりました。しかし、結婚して十年も経つと、さすがにその対象からも外され、多少の味気なさもありましたが、むしろ清々とした気分でいられました。それなのに洋子によって再びあの煩わしさが蘇るのかと思うとうんざりして、手に持っていた日誌を机の上にポイと投げつけました。
 すると、その煽りで机上の幾枚かの作文用紙が舞い立ち、その中の一枚を手に取ると、自殺について書いてありました。その作文は国語表現の授業の時に生徒に書かせた新聞の感想文でした。あの当時、高校生の間で自殺が連鎖反応的に続き、新聞紙上を騒がせていました。その作文もその事件の感想を書いたものだと思い、走り読みしていると、急に洋子の思い詰めたような顔を思い出しました。
《危ない、危ない。最近の高校生は思い詰めると何をするかわからない。自殺でもしたら大変だ。特に洋子のような子には気を付けなければ……。しばらくあの子を刺激しないようにしよう。好きなようにさせておこう…》
と、その時は思ったものです。ですが、それからが大変でした。洋子はこれまでの疑似恋愛の生徒とは違っていたのです。早熟と言えば早熟なのかもしれませんが、私に向ける全てが性的な興味に満ち溢れていて病的とさえ思えてきたのです。
 毎朝、私の机の上に古典の添削に装った洋子の日記が置いてありました。また、朝の連絡や授業でクラスに行くと、発情期の牝猫さながらの底光りのする粘っこい目で私を見つめているのです。その目付きと、日増しに過激になる日記の内容に私は困惑されました。洋子は内に秘めていた熱いドロドロした性的なものを一気に私に吐き出してきたのです。
 まったく女とは不思議なものです。男のように少年から徐々に大人の男へと成長していくのではなく、ある時期、突然に少女から大人の女性になるようで、その時期は人によって多少違うようですが、十七歳前後のように思われます。それは男には分からない女性の生理からくるものなのかもしれませんが、その年頃の女子生徒が一番身も心も不安定で危なっかしく、また、性的な関心も強いように思われます。ですが、洋子の場合、そんな一般的な変化ではなくて、どこかが狂っているのです。彼女の日記にはこんなことが毎日数頁にわたって書いてありました。〈先生に抱かれた夢を見た。先生に吸われた乳首が夢から覚めても熱く立っていた〉〈先生のこと想って一人で体の大事な処を触っていたら、そこが濡れてひどく疼いた。先生の舌と唇でこの疼きを鎮めて欲しい〉などと、矢継ぎ早に書いてきて、その頃、私自身も欲求不満気味でありましたから、その対応に困り果てて慌てふためいておりました。
 そんなことが数日続いた後、私は洋子を生徒相談室に呼んで彼女にその真意を聞いたのです。その時、洋子は私の質問に答えようともしなく、中学時代の自分のことばかりを話すのです。
「私、中学二年の夏休み、誰もいない昼の宿直室で日直だった体育の教師にやられたの。その時に何度も何度もやられたの。初めてだったの。すごいショック…。その人に先生は似ている…」
 中学の体育教師にレイプされたことも衝撃でしたが、それよりも話をしている時の洋子の様子がやはりおかしいのです。声は沈み、悲しげに話しているのですが、目を見ると、目の奥底がギラギラと光り、眼全体が熱を帯びて艶かしく潤んでいるのです。そして、肉厚の唇がヌメヌメと真っ赤に濡れてピクピクと蠢いているのです。やはりどこかが変なのです。狂っているのです。あまりにも早い時期の過激な性体験は心と体のバランスを壊し、それがトラウマとなって一生付き纏うと聞いていますが、洋子もその部類なのかもしれません。ともかく外見は少女なのですが、その目と唇は成熟しきった女なのです。そんな様子を見ていると、洋子は中学での事件を厭いながらも、体ではあの時と同じような交渉を求めていたのかもしれません。あのレイプした体育教師を私に重ねてです。とにかく私は困り果てました。洋子のあんな目と唇に日々追い回され、どうすればよいのかと、ほとほと困りました。とは言うものの、臆面もなく性の興味をぶつけてくる洋子に私はしだいに惹かれていきました。困ったことに私の情欲もメラメラと燃えだしたのです。
 それから数日が経ちました。放課後、長い会議を終えて、久しぶりに体育館裏のレスリング道場へ出かけました。当時、私はレスリング部の顧問をしていました。道場へ入ると、練習は既に終わっていましたが、二年生の土井だけが練習に使ったマットを雑巾で丁寧に拭いていました。土井は人一倍練習熱心な部員で、道場の清掃などもよくする極めて真面目な生徒でもありました。
「ご苦労さん。そのくらいでもういいよ。今度の試合は期待しているからな」
 土井の労をねぎらったのですが、土井の様子がどこか変なのです。
「はい、有難うございます。あの……」
 土井は言いたいことを口に出せなくてモジモジしているようでした。
「何だ、はっきり言えよ…」
 少し乱暴な口調で促しますと、土井はようやく怖ず怖ずと口を開きました。
「はい、実は、相談があるのですが……」
 その時、道場の入口の戸が急に開きました。

…そうでした。あれは小学六年の春のことでした。塾の帰りに友だちの家に寄り、しばらく話し込んだ後、何百本もの桜の花が咲き乱れている堤の上を一人で歩いたことがありました。平日の深夜のせいか、堤の上には人影がなく、夜桜見物の赤いぼんぼりだけが、満開の桜の花を闇空に仄赤く浮かび上がらせていました。その美しさといったら、この世のものとは思えないほどでした。
 ですが、しばらく歩いていると、奇妙なことに気付きました。風がないにもかかわらず、周りの桜の花が小刻みに揺れているのです。不思議に思い、目を凝らして辺りを見回すと、何万何億という桜の花びらが、枝に群がる無数の白い蛾の翅ようにヒラヒラと蠢いているのです。その時です。不意に強い視線を感じました。何万何億という目が私を凝視しているような気配に囚われたのです。と、背筋に冷たいものが走り、体がゾクゾクとしました。そして、気が付いたのです。桜の花の一つ一つが意志を持った生き物のように私を窺っていたのです。
 そうなんです。桜の花の一つ一つが取り澄ました昼の顔をかなぐり捨てて樹の下を通りかかる獲物を襲い、その精気を吸い取って更に美しくなろうと、露骨に悪意を含んだ目で私を睨み付けていたのです。不気味なほどに美しく、そして言葉で言い尽くせぬほどのおぞましさが私に迫ってきたのです。私は一目散にその場から駆けだしました。
 美しいものには邪悪なものが潜んでいるに違いありません。美しいものの裏側にはおぞましいものがあるに違いありません。それ以来、私は美しいものに出会ったら、また、強く惹かれるものに出会ったら、否応なくそれを踏み躙るようにしてきました。美しいものには騙されません。特に美しい女には邪悪なものが潜んでいるに違いありません。
 ですから、その奥に潜んでいる邪悪なものが顔を出さないうちに先制攻撃をし、その体をなぶり尽くして女が官能の酔いから冷め切らぬうちに、つまり、邪悪なものが正体を現さないうちに棄てることにして
いたのです。自分を守るために心惹かれる美しいものをとことん汚して棄ててきたのです。
 また、あれは大学三年の春のことでした。先ほど申したように、私は上高野で前田と共に下宿しておりました。あの夜、月の綺麗なあの夜、私は宝が池の馴染みの女の部屋で遊んだ後、とぼとぼと池畔の小道を歩いておりました。宝が池は現在でこそ国際会議場や学校、住宅などが建ち並び、賑やかですが、当時、池の周りには何一つなく、池沿いの小道の傍らに古びた桜の林が疎らに立ち並んでいるだけの殺風景な所でした。そんな池畔の小道を歩いていたのです。月の光を浴びながら、今しがた味わった滑らかな女の肌を掌に蘇らせながら、傍らに桜の花の咲く夜道を浮かれ気分で歩いておりました。夜中も二時を過ぎていたと思います。
 その時でした。数歩先の桜の樹の下で誰かが立っているのに気が付いたのです。改めて見直すと、月の光を浴びた桜の花の下にボンヤリと白く、着物姿の髪の長い女が顔を伏せて立っているのです。その姿を確かめた瞬間、私の背筋を冷たいものが走りました。つい先日、池のこの辺りで自殺と思われる若い女の水死体が見つかったばかりでした。そのことを思い出すと体がブルブルと震えだしました。ですが、引っ返そうにも恐怖のあまり体が強ばって動きが取れません。
 月の光が仄かに桜の花に降り注ぎ、その花の下に長い髪の女が弱々しげに佇んでいるのです。私は息を殺してその女を見つめていました。
 その時、ふと女はどんな顔つきをしているのだろうかと興味がわきました。すると、私の思いに応じるかのように、突然、女は顔を上げて私をまじまじと見つめだしたのです。その美しいこと、背筋がゾクゾ
クするほどに美しい女なのです。桜の花びらが女の白い顔に舞い落ち、長い黒髪が池から吹く風にそよいで、この世のものとは思えぬほどの妖艶な美しさが満ち溢れていました。と、どうしたことでしょうか。
 その女は私を見てニコリと笑ったのです。その笑いは言葉では表わせぬほどに凄惨せいさんで艶なまめかしいもので、私は思わずその場に立ち竦すくみました。すると、その女は再び媚びを含んだ目で私を見てニヤリと笑ったのです。その笑いで顔が崩れ、最高の美しいものが、最悪の醜いものに豹変したようで、その瞬間、私は生身の心臓を引き裂かれたような恐怖に囚われました。いかに女好きの私といえど、手を出せるような類の女ではありません。この世のものではございません。化け物です。
 すると、これまたどうしたことでしょう。頭上の桜の花びらが一斉に騒ざわめきだしたのです。ガサガサ、ゴソゴソと私を詰るように騒めきだしたのです。
 その時になって、私の金縛りにあっていた体がようやく動きだし、私はその場から無我夢中で逃げだしました。どれほど駆けたでしょうか。息が切れ、立ち止まって何気なく後を振り返りますと、なんとあの白い着物の女が髪を振り乱し、美しい顔に妖しげな笑いを浮かべて私の背後に迫ってきているのです。

「お願い。私も連れて行って…」

 その若い女のか細い声が、私の耳の奥底まで、はっきりと聞こえてきました。私は再び駆けだしました。ですが、駆けても駆けても、その女は気味悪い笑みを浮かべて私を追いかけてくるのです。夢なら一刻も早く覚めたい悪夢です。                  
 どれくらい走り回ったでしょうか。明け方近くになって、やっとのことで女を振り切り、へとへとになって下宿に辿り着きました。そして、女を誘い込んで寝ていた前田を叩き起こして、事の次第を話しましたが、前田も女も笑い転げるばかりで真剣に聞いてはくれません。
 挙げ句には「女欲しさの欲求不満で幻でも見たんだろう。そんなに女が欲しいなら、こいつを貸すから好きにしろよ」と同衾どうきんしていた裸の女を寝床から押し出すのです。乳房と尻のやたらと大きな、男好きする顔付きの女で、その女も私との交渉を満更嫌でもなさそうで、私も食指は動いたのですが、気味の悪い女に追われた後のことでもあり、さすがにヘラヘラと女を抱く気もしなく憮然ぶぜんとして前田の部屋から出ました。その頃にはすっかり夜も明けていました。
 自分の部屋に入ると、性懲りもなく前田の部屋で会った女に未練が強まってきたのですが、いつもの習慣でラジオを入れると、ニュースの時間らしく、そのロ―カルニュ―スを聞いていると、昨晩、岩倉の精神病院から脱け出した若い女患者が、今朝早くに宝が池付近の山林で警察に保護されたと言っていました。あの女です。あの女に違いありません。
 月の光が皓々こうこうと降り注ぐ、満開の桜の美しい夜に、私は、一晩中、気違い女に追い回されていたのです。滑稽なようですが、あんなに恐い思いをしたことは今までにありません。ですから、満開の桜を見ると体中に戦慄が走るのです。そして、その戦慄に包まれながら女を抱くと強烈な刺激が体を貫き、女との情事が狂おしいほどに高まってくるのです。
 しかし、そんな情事も昔のことになってしまいました。年を取ったせいでしょうか。最近はめっきりと女と遊ぶことも減ってしまいました。また、女の体に触れてもさほど高ぶらなくなりました。ですが、前田の葬式で彩子を見た時、久しぶりに体の奥深い処に熱い疼きを覚えたのです。ブスブスと体の奥底でドロドロしたものが煮えたぎってきたのです。
 …おやおや、話がだいぶん逸れてしまいました。申し訳ございません。そうでした。彩子との話の続きでしたね。
 前田の葬式を終え、いったんは家に帰って着替えをしたものの、彩子と会う時間までにはまだ間があり、家でソワソワと時計ばかりを見ておりました。そして、ようやくその時間も迫ったので、いち早く約束の場所へと車を走らせました。
 車から降りると、昔と変わらぬ桜林が目の前に広がっていました。
 ここを訪れるのも久しぶりのことでした。朧月おぼろづきが桜の林を照らし、むせ返るほどの花の匂いが辺り一面に立ちこめていました。それは、情事の後の、女の蒸れた肌から発するような艶かしくて毒々しく、そして、心蕩こころとろかすような甘い匂いに似ていました。
 私は徐おもむろに林の中に入りました。すると、林の奥の樹陰から急に人影が現われ、私の名を呼ぶのです。私の名を呼ぶ度に、頭上の桜の花がザワザワと音を立て、その気味悪さに思わず車に引き返そうとしました。ですが、月の光がその人影を照らすと、それが彩子だと分かりました。彩子が、林の奥の大きな樹の下で、私の名を呼びながら手招きをしていたのです。その艶めかしい姿といったら、もう言葉では言い表されません。私は、その瞬間、気味悪さも吹き飛び、夢見心地で満開の桜の林の中へと踏み込みました。林を進むにつれ、昔と変わらぬ熱い戦慄が蘇り、それとともに激しい欲情もムラムラと込み上げてきました。一刻も早く彩子の肌に触れ、貪むさぼりたかったのです。
 ですが、彩子の傍らに寄ると、奇妙なことに気が付きました。彩子はまだ喪服を着ているのです。

「もう来ていたの。着替えていないけど、前田とはよほど親しかったの…」

 私はわざと明るく尋ねました。

「いいえ……」

「それなら、どうして前田の葬式に出たの…」

 生温い沈黙がしばらく続きました。

「だって葬式に出れば先生に必ず会えると思って…。私、長い間、入院していて、退院したばかりなの…。そんなことより、今宵、どうしてでも先生にここで会いたかったの…」

「えっ、私に…」

 不思議に思ったのですが、そんなことよりも彩子の襟首えりくびの白さに我慢できなく、彩子を思い切り抱きすくめようとしました。しかし、彩子は私の両腕から素早く逃れ、傍らの桜の太い幹の陰に身を隠しました。ここまで追い詰めた美味しい獲物を逃すわけにはいきません。私も彩子の後を追って幹の後に回りました。すると、樹の根元の盛り上がった土の傍ら、まるで土饅頭どまんじゅうのような所で、彩子は身を横たえ、喪服の胸をはだけて私を待っているのです。その時、ようやく思い出しました。その樹の陰は、昔、彩子をよく抱いた所でした。

「この場所を覚えていたんだね…」

 そのことでますます腰の奥が熱く疼うずいてきました。もう我慢できなくなり、彩子の体に伸し掛かり、はだけた胸に唇を這わせました。思ったとおりのしっとりと滑らかな肌でした。股の間がドロドロと熱く憤いきどおってきました。たまりません。あわや破裂しそうになった時、不意に線香の匂いが鼻先に漂ってきました。その刹那せつな、急に股の高ぶりが萎縮しました。そして、何気なく目を上げると、今まで気付きませんでしたが、火の点いた幾本もの線香が盛り土の上に立っていました。
 その時です。突然、彩子が甲高く笑い、勢いよく私をはねのけると、盛り土をがむしゃらに掘りはじめたのです。

「幸ちゃん。お父さんがやっと誕生日に来てくれたわ。本当によかったわね。幸ちゃん、もう直ぐよ…」

 彩子は、土の中に手を入れると、干涸ひからびた小さな黒い物を私の目の前に突き出しました。

「先生、幸ちゃんよ。先生と私の子。私がここで堕ろし、埋めたの。先生、さあ抱いてやってちょうだい。可愛いでしょう。先生の子よ。大きくなったでしょう…」

 恐怖が全身を貫きました。

《狂っている。何てことだ、この女は狂っている。狂っているのだ。桜はやっぱり……》

 私は彩子を突き飛ばし、大声を上げてその場から逃げだしました。
 無我夢中で走りました。ですが、長い間の不摂生のせいで忽たちまちに息が切れ、立ち止まって、ふと振り返ると、直ぐ背後に妖しげな笑いを浮かべた彩子が手に黒い物を握り締めて追いかけてくるのです。

「待って、先生。ねぇ、待って、この子も一緒に連れて行って…」

 切々とした、そして恨みに満ちた声が執拗に追いかけてきました。
 私は再び逃げだしました。無我夢中で走りました。宝が池の、あの夜と同じでした。気違い女に追われて私はひたすら逃げました。頭上の桜の花びら一つ一つが、これまで弄もてあそんで棄てた女の恨みで真っ赤に染まり、ザワザワと呪咀じゅその言葉を私に浴びせかけて責め苛さいなむのです。おぞましい桜花の夜です。その時、突然、胸がキリキリと痛みだしました。幾百幾千の錐きりが一度に心臓に突き刺さるような激痛でした。痛みに耐えかねて私はその場に倒れました。すると、辺りが急に静まりかえり、真っ暗になりました。漆黒の闇でした。体が冷え込んできました。と、その闇の中に誰かが顔を覗かせました。その者は愉快そうに笑っているのです。何と前田です。前田がニヤニヤと笑いながらゆっくりと私に近付いてきました…。
      ※
 その男はそこまで話すと急に口を噤つぐんだ。肩を落とし、うな垂れて茫然ぼうぜんと膝元の畳を見つめるばかりで微動だにしなかった。

「ありがとうございました。最初のお話はこれくらいにいたしましょう。胸のつかえはお消えになられたでしょうか。いくら話しても消えぬ悔いもあるものですが…」

 小野老人は男の様子を窺うかがいながら言うと、今度は聞き入る客に向かって話しだした。

「皆様もお疲れになられたでしょう。次の話に入ります前にしばらく休憩を取ることにいたします。部屋の後にお茶やお酒を用意いたしてあります。ご自由にお召し上がりください。それでは十分後に…」

 小野老人は立ち上がると、黙然と座りこんでいる男を促して隣の部屋へと連れていった。

               ◇

「それでは皆様、お二人目を迎えることにいたします。どうぞ、ご遠慮なさらず、前へおいでくださいませ」

 小野老人の誘いで部屋の片隅に座っていた五十歳前半の眼鏡をかけた男が怖ず怖ずと前に出てきた。煮染めたような濃いグレーの背広に焦茶こげちゃのネクタイをした、厳つい体つきの謹厳実直きんげんじっちょくそうな男だった。男は床の間の布鉾に軽く一礼すると、半白の頭髪を掻き上げながら振り向いた。
 雨はしとしとと降り止まず 部屋は一段と暗さを増していた。
 その男は口を開いた。

◆その壱・悪い癖

 お招きいただき、ありがとうございます。私、学生の頃、友人の前田と共にこの八瀬から少し下った上高野で下宿いたしておりました。久しぶりにこの地を訪れましたが、今日はあいにくの雨で比叡の山は見えませんが、昔と少しも変わらぬ風情で、全てがつい昨日のような気がいたします。あの頃は色々なことがありました。そうそう話でございますね。昔の思い出に浸っていて忘れるところでございました。それではお話することにいたしましょう。
 あれは前田の葬式で十年ぶりに彩子あやこに逢った時のことでした。前田とは先ほどお話しました学生時代に一緒に下宿していた友人のことです。その前田の葬式で彩子に逢った時、妙な不安に囚とらわれたものです。ですが、彩子の喪服姿の艶なまめかしさに見惚みほれてしまい、思わず彩子に声を掛けてしまったのです。それが始まりでした。ともかく気の入った女へ声を掛けると、いつもの私の悪い癖で、その女の肌に触れなければ気がすまなくなり、別の所で二人だけでもう一度逢ってほしいとしつこく言い寄ったのです。
 彩子は、その頃、三十歳を幾つか越えていたはずでしたが、昔と変わらぬ肌理細きめこまやかな肌で、その肌に更にしっとりと潤うるおいが加わって、まさに油が乗りきった、今が盛りの女の艶つやっぽさが全身から滲み出ていました。小娘だった昔とは違い、彩子は見違えるほどに成熟した魅惑的な女になっていたのです。そんな彩子に私はしつこく言い寄りました。   
 彩子は、私の誘いに最初のうちは目を伏せてなかなか応じようとはしませんでした。ですが、その恥じらいながらも焦らす姿態したいがまた艶かしく、喪服の下の柔らかな白い裸身が自ずと思い浮かんで、その体を貪りたい一心で私はかなり強引に彩子に迫ったのです。
 それが功を奏したのでしょうか、しばらくすると、彩子は逢う時の条件を幾つかポツリポツリと言いだしました。その時の喜び……。嫌がる女をかき口説き、納得させて我が意の如くに従わせることほど、この世で最高に嬉しいことはございません。まして相手が生唾を呑み込むほどの佳い女であるなら尚更のことです。
 しかし、妙なことに、逢うのを承諾してからの彩子は、拒んでいた時とは打って変わり、目に媚こびさえ浮かべ、私の顔を意味ありげにまじまじと見つめるのです。その目の妖しい光を見た瞬間、再び言い知れぬ不安に囚われたのですが、喪服に映える彩子の白い肌を見るにつけ、不安よりもその体に食指が動き、彩子におもねるように、彼女の言うがままに、あの思い出深い桜の樹の下で、それも深夜に逢う約束をしてしまったのです。
 ところで、死んだ前田のことですが、彼は若い頃から無類の女好きでして、それが祟たたってか、彩子と再会した三日前に若い女との情事の最中、四十歳半ばで女の腹の上で心臓が止まってしまったのです。相手の女は自分の医院の若い看護師だとかで、その死に様があまりにも前田らしいので、彼の死をそれほど悼む気も起こりませんでしたが、葬式の最中に、死者のことも忘れ、参列した彩子の喪服姿ばかりに見惚れて、その女との昔の情事を思い出し、一人、悦に入っている自分のことを思うと、自分が前田以上の好色のようで、我ながら呆れてしまいます。
 前田と私は、北陸の同じ高校から京都の医大へ進み、大学病院での研修を終えてから共に故郷へ帰り、県西部の田舎の病院勤めをしばらくした後に互いに整形外科の医院を開きました。また、彼とは、
若い頃から連れ立って女遊びをした仲でもあり、未だにその女癖の悪さはなおってはおりません。そのせいか、二人とも離婚を重ねた後も、それをよいことに独り身の気軽さから互いに悪ふざけの女遊びを続けておりました。悪友と言えば、互いが悪友でございます。
 その前田の葬式に彩子が参列したところをみると、前田と彩子との間にも何か深い関係があったのかもしれませんが、そんなことはどうでもよく、その時はただただ彩子の熟れた体を味わいたい一念で彼女と密会の約束を交わしたのです。交わした後は葬式には不釣り合いなほどの嬉々とした気分に満たされ、満足の笑みを必死に押し隠して読経を聞いておりました。
 しかし、彩子と逢う場所が、あの桜の樹の下だということが、今一つ気に掛かっておりました。桜の樹といっても、街内の桜ではありませんで、彼女と車で山道を乗り回していた折りにたまたま見つけた、取り分け大きな桜の樹でして、人里から遠く離れた谷川沿いの林の中で人知れず満開の桜を咲かせておりました。
 当時、彩子は、私が勤めていた病院の看護師で、看護学校を出たばかりの娘々とした子でした。その彩子をあの桜の樹の下へ誘っては、そこで異常な興奮に駆られて幾度となく彼女を抱いたのです。
 異常な興奮と言いましても、彩子の体に夢中になったという意味ではありません。まして彩子にとっては私が初めての男らしく、年若い処女の体とは概してそうなのでしょうが、肉が薄くて硬く、それに性技にも疎くて反応が鈍く、情事を楽しむ相手としてはまったく旨味のない未熟な体でした。ですから、彩子の体自体には何ら魅力はありませんでしたが、それよりも、私には昔から桜の花に対して奇妙な性癖がありまして、満開の桜の花の下に立つと、どういうものか、決まって狂おしいほどの女への飢えが生じ、それこそ異常に発情して女の体にのめり込んでしまうのです。満開の桜の樹の下で彩子を抱いていた時も、彼女の白い胸乳むなちの上に乳首ちくびと同じ色の桜の花びらがチラホラと舞い落ち、むせかえるような桜の香で頭が痺れ、全身が狂おしいほどの興奮に貫かれて急き立てられるように欲情を幾度となく彩子の体の奥底へと注ぎ込んだのです。
 そんな彩子との関係は二ヵ月ほど続きましたでしょうか。その頃に、隣町の大病院の院長の一人娘との縁談話が持ち上がり、その結構づくめの縁談をまとめようと、これまでの女とのことを清算しようと思い立ちました。実は、その頃、彩子とは別にモデルくずれのクラブのホステスとも深い仲になっておりまして、これがまたなかなか佳い女でして、いざ清算しようとすると、どうにもそのホステスの体に未練が残りまして、ホステスとの関係はそのままにして、飽きがきている彩子を先ず棄てたのです。彩子とのことは、熟した林檎りんごの味に食傷しょくしょう気味の時に、たまには口直しに青林檎でも噛ってみようと思った程度のものでして、直ぐにでも棄てるつもりが、二カ月も続いたのですから却って不思議なほどです。ですので、あの時、何の未練もなく彩子を紙くずのようにポイと棄てました。
 そう言えば、彩子との別れ際、彩子は泣き叫びながら私に何か必死に訴えていましたが、気紛れの摘み食い程度で弄んだ小娘の言うことなど、初めから真剣に聞く気もしませんで、前田の葬式で会う
まで、彼女のことなど、すっかり忘れておりました。その後まもなく私の身持ちの悪さが相手にも伝わり、縁談は断ち消えとなり、また、しばらくしてホステスの体にも飽きがきたので新しい女を探していると、彩子が発狂し、専門の病院に入れられたという噂を聞きました。ですが、棄てた女のことなどはどうでもよく、それよりも前田と競い合うように女を漁あさっておりました。 それにしても、あの青林檎のような彩子がこんなにも熟して美味そうな女になろうとは…。まったく女とは分からないものです。
 言い訳がましいことですが、医者をしていると妙なものでして、毎日、幾人もの体を切り刻み、また、何人もの死に臨んできますと〈恋〉とか〈愛〉とかの言葉が妙に白々しく聞こえてきます。男と女のことで〈恋〉とか〈愛〉とかと力説してみたところで、先ずは命ある〈体〉があってのことで〈体〉がなければ〈恋〉も〈愛〉も成り立ちはいたしません。そう思うと、人とは所詮〈体〉あってのものでして、ですから、その時々の〈体〉が求めるものが、その時々に人が一番必要としているもののように思えてくるのです。それを刹那的と非難する人もいるでしょうが、刹那的のどこが悪いのでしょうか。人の存在・生そのものが刹那的ではないでしょうか……。
 ともかく、私の場合、それが女で、自分の女癖の悪さを弁解しているようですが、女を漁る気持の根底の何処かしらに、このような思惑もあるようです。
 ですが、女もいい加減なものでして、私が独身の少し見映えの好い医者だというだけで、結婚や金銭面での打算が働くのかもしれませんが、保険をかけるようなつもりで私に容易く体を任せてくるのです。そんな女に出会う度に、ますます遊びだけで女と関わるようになりました。そして、その中の幾人かをあの桜の樹の下で抱き、棄てました。女などは、裸にして交わっていると、快楽などは最初の一時だけでして、後はどれも似たようなもので、これと言って目新しいものはなく、直ぐに飽きがきてしまいます。ですから、女とのその最中、いかに自分を興奮させるかが肝要でして、その点、満開の桜の樹の下で女を抱くと、否応なく異常な興奮に駆られますので極めて好都合でした。
 しかしながら、どうして桜の樹の下で異常に興奮するのかは我ながら不思議なことでして、よくよく考えてみますと、それは私が若い頃に桜の樹の下で味わった不快な出来事の幾つかに要因があるように思われます。
 …そうでした。あれは小学六年の春のことでした。

『洛外八瀬奇譚』らくがいやせきたん

(一) 
 いつの間にか、眠っていたらしい。目を開けると闇の底に沈んでいた。山裾に夜がまたやってきていた。雨風が窓ガラスを激しく打ちつけ、安普請やすぶしんの下宿屋の二階の部屋が微かすかに揺れていた。電灯を点けようと立ち上がると、窓下からしきりと軋きしむような金属音が聞こえてきた。隣家りんかの狭い庭のブランコの鎖が、比叡から吹きおろす雨風に打たれ、暗闇の中で耳障りな音を立てていた。        
 厭いやな夢だった。シャツがびっしょりと濡れていた。動悸どうきも激しい。胸苦しくてたまらない。厭な夢を見るから動悸が激しくなるのか、動悸が激しいから厭な夢を見るのか、それとも、ブランコの耳障りな音のせいなのか……。ともかく胸がキリキリと締め付けられ、苦しくて堪たまらない。息ができないほどだ。まったく厭な夢だった。ひどくうなされた。だが、どんな夢だったかは思い出せない。何か、八瀬やせの小野老人の家で聞いた話に係わる夢だったような気がするのだが……。おぞましいことだ。こんな目に遭うのも、二日前の昼下がり、下宿の裏山の道を散策したせいに違いない。
          ※
 あの日、比叡の中腹へと続く道を気晴らしがてらにブラブラと歩いていた。すると、木々の葉をパラパラと打ち付けて雨が降りだした。引き返そうとも思ったが、雨もさほど激しくはなく、それよりも、小雨に煙る比叡ひえいの山裾の林の風情に興きょうをひかれ、そのまま林の奥へと進んだ。それがいけなかった。進むにつれ、足元の道がしだいに狭まり、やがて草むらに消えてしまった。その時になり、初めて、枝道に踏み込み、迷ったのに気が付いた。迷ったと思った瞬間、気が動転してしまい、引き返せばよかったのに、かえってますます深い林の奧へと突き進み、完全に迷ってしまった。
 どれほど歩き回ったことか…。取り憑つかかれたように木々の間を彷徨さまよい、そのあげく、足腰が引き攣り、ヘタヘタと地面に座り込もうとした時、不意に目の前の林が開け、古びた神社が見えた。そして、ようやくのことで、その神社の境内に迷い出た。        
 奇妙な神社だった。このような神社が比叡の山腹にあろうとは思ってもみなかった。だが、それよりも林から脱け出た安堵で傍かたわらの石に腰を下ろし、辺りを見回すと、色褪いろあせた社殿の石段に一人の老人が胸を押さえて蹲うずくまっているのに気が付いた。ひどく苦しそうだった。             
 その老人に目が止まると、不思議なことに体が自然と動き、老人の傍かたわらへと駆け寄り、助け起こしていた。しばらくして老人は元気を取り戻し、私の介抱がよほど嬉しかったらしく、お礼にと私をしきりに自宅へ誘った。その誘いにのって八瀬の老人の屋敷へ赴いたのだが、それがそもそもの始まりだった。その老人が小野老人で、後から知ったことだが、その神社は早良親王さわらしんのうゆかりの祟道神社すどうじんじゃの分社だった。
          ※
 厭いとわしい……。あの時、小野老人の誘いにのらなければこんな目に遭わなくてすんだのに、悔やんでも悔やみきれない。あの屋敷で聞いたことを全て忘れたい。だが、こんな雨風の強い闇夜、比叡の山裾の薄暗い下宿部屋に一人でいると、忘れようにも忘れられなく、かえってまざまざと思い浮かんでくる。いったい、あれは、あの時の話は何だったのだろうか……。

 ◆ さて始めに…

 「皆様、この雨の中、遙々洛北・八瀬の地までよくおいでくださいました。いつもの会を開きますが、その前に、今日はお若い方をお連れいたしました。この地から少し下った三宅八幡で下宿なさっている学生さんです。会の決まりでお名前は申せませんが、お若いのに親切なお方で、つい先ほども、私、この方に助けられました。先月の五月五日は祟道すどう様の祭りでしたが、月こそ違い、今日も五日、親王様をお慰めいたそうと祟道様のご分社へ参ったのですが、その折り、急に胸が痛みだし、境内で蹲っておりましたところ、この方に助け起こされ、介抱されました。誠に親切なお方です。この方に助けられたのも親王様のお引き合わせ、何かのご縁かと思いまして、この会にお連れいたしました」

 山間を流れる高野川の傍らにある屋敷の奥座敷で、小野老人が、居座る十人余りの人たちに紹介した。晴れていれば座敷から庭越しに見えるはずの比叡の頂も降りしきる雨にかき消されていた。

 「この方についてのご心配はご無用かと思います。この方と、道々いろいろとお話をいたしましたが、お心ばえもしっかりなさっておられますし、お人柄も信頼できます。ですから、皆様のお話をお聞かせいたしましてもご心配はないと思います。私が厳選いたして、この会にお招きしました皆様方とご同様に会の秘密は守る方と存じます。そういうわけで、今回からこの方を会にお入れいたそうと思います…」

 小野老人は多少押し付けがましくその場の人たちに了解をとった。居座る人たちはいずれも社会的な地位や名声、財もありそうな紳士然とした人たちだった。だが、一様に顔に翳かげりがあり、小野老人の話に無表情に軽く頷くばかりで、ひたすら押し黙っていた。そして、その人たちの正面、座敷の床の間には、青竹に一反の布を着物の形に巻きつけた鉾ほこのようなものが立て掛けてあった。

 「ご承諾くださいましてありがとうございます。それではさっそくに会を始めますが、その前に今しばらくお時間をくださいませ。と申しますのも、今日初めてご参加いただいた方もおいでになるので、この会について少しご説明いたします。初めての方は早良親王さわらしんのう様をご存じでしょうか。桓武天皇かんむてんのうの弟君で英邁えいまいであるが故に兄の天皇様から妬そねまれ、いわれなき謀反むへんの罪を着せられ、怨みを抱いてお亡くなりになられました。その後、その怨みで祟たたりをなされ、平安の宮中で最も恐れられた御霊におなりになり、後に祟道天皇のお名前を朝廷からお与えになられた方でございます。その親王様の母君の高野新笠たかののにいがさ様がこの八瀬のご出身で、その地縁から八瀬の地に古くから住んでおります小野の一族が代々この地にて親王さまのお気持ちを鎮しずめてまいりました。私も小野の一族の血を引く者で、親王様のお気持ちを鎮めるとともに、親王様と同様にこの世に恨み辛みをもっておいでの方々のお気持ちを和らげ、安らかな日々をお送りになるようにと手助けをしてまいりました……」

 そこまで話すと老人は口を閉じ、居座る人たちをじろりと見据えた。屋根を打つ雨音と、山間に響く高野川のせせらぎ以外、座敷の中は重々しく静まりかえっていた。

 「人というものは年を重ねるごとに怨みと悔いが募る一方で、それが我が身を縛りつけ、生を終えてもそれから解き放されることもなく、この世の闇でいつまでも徘徊はいかいするものでございます。人とはまったく哀れなものでございます。他人には語れぬ秘めた怨みや悔いを親王様の拠り所である布鉾の前で吐き出し、親王様の大きな怨みの中に吸い上げていただき、我が身の恨み辛みを軽くいたしてもらいましょう。その思いで皆様をこの会にお招きいたしました。ですが、ご心配なく、親王様とか布鉾とか申しておりますが、今流行のいかがわしい新興宗教ではございません。親王様や布鉾は私の方の事情、言わば私側の都合でございまして皆様方にはまったく関わりのないことでございます。皆様は心の重荷になっていることをお話しになり、お気持ちを安らかになっていただければそれでよろしいのです。洗い浚いお話しになってもこの会の外に漏れることはございません。先ほど申しましたように、お互いが誰なのかは分かりませんし、私が厳選いたしました方々ですので、ここでお話しになったことは絶対に外部に漏れることもございません。どうぞご安心ください。前置きが長くなりました。それでは始めることにいたしましょう。では……」

 小野老人は話し終えて、部屋の片隅に座っている五十年輩の男を手招いた。

 「どうぞ、こちらでお話しくださいませ…」

 男は招きに応じて床の間の前に進み、布鉾に軽く一礼し、振り向いて座り直した。若い頃はさぞや美男だったろうと思われる整った顔立ちをしていたが、その顔の所々には荒んだ生活の跡が滲み出ていた。高価なスーツで身を包んではいたが、体からはプンプンと腐臭ふしゅうが漂っているようだった。
 その男は口を開いた。

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