2006年12月アーカイブ

夜の富山城 富山の公会堂には、いろんな思い出があったが、今はその場所はANAホテルになっている。その横は国際会議場だ。そして、その向かいに富山城がある。
 富山城は昔と同じように建っている。そんなに大きくもなく、有名な城でもない。しかし、お城を見ていると、今までの出来事が、いろいろと思い起こされる。私たちにとっては、そんなお城ではないだろうか。
 富山城の前には、何時のころからかモニメントがある。立山と水をイメージしているように感じた。


GYAOの画面 昨夜、インターネットテレビGYAOの「ドキュメンタリー」で放送している「戦争特集」の「日本百年」という番組を見た。「明治から始まる日本百年の歴史、当時の文化である書籍、絵画等を知る貴重なドキュメンタリー。」と紹介されている。

 もともとこういった歴史に関するドキュメンタリーを見るのは好き方だ。しかし、高校の時の日本史とか世界史の成績は良くなかった。もっとも、歴史に限らず他の科目の成績もよくなかったのだが。
 念仏を唱えるようにして、コツコツと年号を覚えないといけないのが性分に合っていなかったからだという事にして置く。

 高校の歴史の授業というのはどういった授業だっただろうか。日本史の先生は特異な感じの先生だったので、おぼろげに覚えてはいる。しかし、授業の内容となると、あまり印象に残っていない。こういったドキュメンタリーを見ながら歴史を考える授業だったら、授業ももっと印象に残っていたと思う。年号や事件や人物の名前なども自然と頭に入っていったかも知れない。

 「長い歴史の中で百年は短い。しかし、現に生きている人間にとっては長い一生である。」と最後にナレータが言っていた。確かにそうだと思いながらも、このドキュメンタリーを見ながら、これから起こることを見ているような不思議を感じた。

 ところで実は、私はこのGYAOの株主様だ。今年の初めに、娘にGYAOの株主になると、優待でDVDが貰えると言われた。それではと株を買ったとたんに、あれよあれよと株価は下がり、挙句にはUSENに吸収されてしまった。そのUSENの株価も、どんどんと下がって、ひどいことになっている。
 せっせとGYAOの番組を見て、株価が上がるのを祈るしかない。

金沢21世紀美術館にある椅子 金沢21世紀美術館には幾つか椅子が置いてある。
 もちろん、美術品ではなくて、来館者が休憩する時に座る椅子である。

 この椅子達も、休憩用の椅子だが、何時きても座る気になれない。綺麗だからと言うわけでもない。座られるのを拒否していると感じるからでもない。
 無機質で、周りに溶け込んで、座るための椅子に思えないからかも知れない。ついついシャッタを押してしまう。

イッテミア・ミッション「金沢21世紀美術館で椅子に腰掛けろ!!

横浜マリンタワーと氷川丸の営業終了のおしらせ 昨日、横浜の山下公園に係留されていた「北太平洋の女王」と呼ばれた氷川丸が、営業を終了した。
 私にとって氷川丸は青春の思い出の一つであり、今年亡くなった父もまた青春を過ごした船である。

 「横浜マリンタワーと氷川丸の営業終了のおしらせ」の「氷川丸のおいたち」の中で、氷川丸が、次のように紹介されている。

1941年(昭和16年)、太平洋戦争勃発とともに本船は、日本海軍に徴用され、主として南太平洋海域において、病院船としての使命を果たしました。1945年、終戦を迎えた後も、大勢の同胞を家族の待つ日本へ送り届けるため、復員輸送に従事しました。
・・・
戦前、戦後を通じ北太平洋を238回横断し、延べ25,000人余の乗客を運んだ氷川丸は、1960年(昭和35年)10月、現役生活を引退し、横浜市の「横浜港開港100周年記念事業」の一環として、1961年(昭和36年)生まれ故郷の横浜港・山下公園に係留されました。
 父は生前、戦時中は病院船としての氷川丸に乗って戦地を回っていたと話していた。私が横浜で勤めていたとき、父と山下公園の前にあるグランドホテルに泊まったことがある。
 その時、氷川丸にも行った。懐かしそうにしていたが、黙して多くを語ろうとはしなかった。そんな父の姿が思い浮かぶ。

同窓会報 Vol.2 以前、話題にしたことのある同窓会誌であるが、一カ月程前だったか手元に届いていた。今日、たまたま、会費の振込み用紙を見つけて、あわてて郵便局で振り込んできた。
 同窓会誌は、創立以来40余年間で、2回目の発行とのことだったので、冊子かなにかだろうと思っていた。しかし、A3二枚両面刷りを半分に折った、町内会報をもっと簡単にしたようなものだった。
 なぜか兵庫県の姫路市で、印刷されていた。同窓生が姫路市で印刷業をやっているのかも知れない。

 記事の中で、我々5回生の同期会の様子が、先にみなさんに送った写真と一緒に掲載されている。後は8期生の同期会と、18年度の同窓会の様子が掲載されている。
 この内容とボリュームで40年間に2回の発行というのには、いろいろと考えさせられる。あまり同窓生の協力がなくて、原稿が集まらないということかも知れない。
 そんな中で発行しないといけない事務局のみなさんのご苦労と、ご努力に感謝するしかない。

 同窓会員数は、平成18年3月現在で、男子:8,234名、女子:5,539名、合計:13,773名とのことである。

 もし、手元に届いていないようであれば、同窓会事務局に問い合わせてみて欲しい。

同窓会事務局:富山県立富山東高等学校内
〒931-8502 富山市下飯野荒田6-1
TEL 076-437-9018 FAX 076-437-6008
(ホームページ) http://www.tym.ed.jp/sc337/
(E-mail) mail1@higashi-h.tym.ed.jp

兼六園の冬桜 兼六園には冬に咲く桜がある。冬桜である。

 枝を吊る雪つりと、桜の花が作り出す風情は、なんとも妙である。

香林坊のスターバックスで 今朝は、バラードが流れていた。

香林坊のスターバックスで ちょっと用事があって、金沢の街に出かけた。時間に少し余裕があったので、香林坊のスターバックスに寄った。コーヒーの小さいのを頼んだ。ちょっと小腹がすいていたので、レジで目にしたチョコレートの付いたクッキーも一つ取った。
 コーヒーを飲みながら窓の外を眺めていたら、デパートの壁に掛かっていたリボンに電気がついた。街はクリスマスだ。いろんな思い出のできる日だ。
 でも、残念ながら、私には、語れるようなクリスマスの出来事が思い浮かばない。私は仏教徒だからだと、妙に納得しながら、シャッタを押した。

 共同通信社が19日に配信したニュースで、

「団塊の世代」を含む50代の7割が「60歳以降も仕事をしたい」と考え、そのうちの6割以上がいつまでと言わず「可能な限り」仕事をしたいと考えていることが19日、厚生労働省の初の「中高年者縦断調査」で分かった。
と伝えている。まずは、この記事を読んでもらうと良いと思う。

 ひるがえって、自分はどうだろうと考えてみると、できれば、収入を目的としたことではなくて、自分の興味のあること、楽しいと思うことに時間を使いたいと思う。傍目から仕事と捉えられるかどうかは別である。そして、大前提として経済的にも許されるのであればである。

 今回の記事の中でも厚労省の社会統計課では「年金生活に不安があるのか、体力に自信があるのか、背景を見極めたい」と言っている。しかし、どちからかと言うものでもないように思う。ただ、経済的な不安があれば、体力に自信がなくても働かざるを得ないということだろう。

 自分自身、悠々自適に暮らせると胸を張って言えるだけの蓄えがある訳でもない。おまけに年金もどうなるのか定かではない。悩ましい限りである。


雪化粧の立山連邦 グロブの投稿記事ご苦労様です。開いて懐かしく見ています。東高校へわざわざ出かけて、写真を撮られたのですか?

 今年の富山の12月は雪もなく、暖かな日が続いています。
 師走とは思えません!!
 今日は曇り空なのですが、立山連峰がくっきりと見えます。学校の4階の窓から撮ってみました。
 雪化粧の剣岳です。とてもいい景色です。
 毎度の立山連峰ですが、是非、ブログに掲載してください。

 12月も後、10日、もうすぐ2007年です。団塊世代の定年が始まり、いよいよ私たちは職場でも最年長へと登っていくのでしょうか・・・・

 皆さん!、お元気で・・・・良いお年を!

カミソリ

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 私は顔の髭剃りにはカミソリを使っている。カミソリと言っても安全カミソリと言われるものではなくて、T字型をしたヒゲソリ用のカミソリを愛用している。
 このカミソリの刃は、使い始めた35年ほど前は1枚だった。それが2枚になり、3枚になり、今では4枚になった。私もその度に買い換え、今は4枚の刃のものを使っている。替刃も枚数が増える度に値段が高くなっている。
 枚数が多くなる毎に、切れ味は良くなってはいるようには思う。しかし、それでも剃り残しがあったり、刃と刃の間に剃ったヒゲが詰まって、掃除が面倒だったりしていた。替刃の値段が高くなっただけではと思ったこともあった。
 しかし、今使っている4枚刃は、いままでとちっと違っている。もちろん、替刃の値段は高くなってはいるが、剃り残しも少ないし、何時までも切れ味が落ちない。毎日剃っているのに、一個の刃で一ヶ月以上は持っている。この分でいけば、二ヶ月以上は大丈夫ではないだろうか。なにがどうなったのか、目詰まりもしない。
 いままで何十年も使ってきたカミソリだが、技術の進歩を実感する。良いカミソリを作ってくれたと感謝しながらも、これでは替刃が売れなくなるのではと、ちょっと心配になってしまった。

20061216_3.gif 学校の門柱も風雪に耐えてきたようである。 当時は出来たばかりで、真新しく輝いていたように思う。
 門の前には、バス停があって、雑貨店があった。昼時や帰り際に、コッペパンとかウエハスパンとかを買って、ワイワイと食べていた記憶がある。
 しかし、今はもう無い。月日は流れているのだ。記憶の中に残る店先のざわめきが蘇り、懐かしくもあり、少し寂しい気持ちになった。

イッテミア・ミッション「東高思い出の通学路


踏み切り

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20061216_2.gif 東富山の駅から線路脇の道を線路に沿って歩くと踏み切りがある。
 通いなれた道である。道幅の細さは昔と同じだった。当時は砂利道だったが、もちろん今は舗装されている。写真の右下に見えるのが、東富山駅への道である。
 ここから学校まで、多少曲がりながらの道を歩く。これからの季節、雨、みぞれ、そして雪と、砂利道もぬかるんで、時たま通るトラックが跳ね上げる泥水に悩まされながら歩いた。
 写真の右手先に家影が見えるが、当時は家などはなく、道端から一段低い田圃ではなかっただろうか。左手には工場があって、工場のブロック塀が、なぜか思い出された。今もその塀は、当時のものかどうか定かではないが、一部残っていたように思う。

イッテミア・ミッション「東高思い出の通学路


東富山駅

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 東富山の駅は、私の記憶の駅とあまり変わっていなかった。駅前の小さな広場は舗装され、駅舎の屋根の瓦は新しく、外壁は白く小奇麗になっている。しかし、雰囲気は当時のままだった。
 卒業後、始めて訪れたように思う。もう、何十年になるだろうか。
 私の横を通って駅舎に入って行く学生達を見ていると、自分とだぶって見えてくる。目を閉じ、耳を澄ますと、あの時の、友達とあれこれ話しながら砂利道を歩く足音や、列車の汽笛が聞こえてくるようでもあった。

イッテミア・ミッション「東高思い出の通学路


新巻鮭

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 そう言えば、小さい頃、この時期になると、家の軒先に新巻鮭がぶら下がっていたのをおぼろげに思い出す。
 何時のころからか、我が家の鮭は、スーパーマーケットのパックになった。吊るす軒先も無くなってしまったからかも知れない。
 富山の街で見かけた、昔を思い起こさせる風物詩をスナップした。

 ハートフォード生命保険株式会社のホームページに興味深いプレスリリースが発表されていた。プレスリリースなので、以下にそのまま転載した。

「ハートフォード生命保険株式会社」
 http://www.hartfordlife.co.jp/
「プレスリリース:理想のセカンドライフは「もう一度始まる新しい人生」を「悠々自適」に!」
 http://www.hartfordlife.co.jp/press/pdf/company/press061211.pdf



発表日:2006年12月11日
~団塊世代のセカンドライフ調査(2)~
理想のセカンドライフは「もう一度始まる新しい人生」を「悠々自適」に!
セカンドライフを楽しむためのキーワードは「夫婦」

 ハートフォード生命保険株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長グレゴリーA.ボイコ)とシニアマーケットの専門機関である株式会社シニアコミュニケーション(本社:東京都港区、代表取締役社長山崎伸治)は、2006年10月、団塊世代を中心としたその前後の世代の男女600人に対して「セカンドライフ」に関する調査を共同で実施し、その結果を以下の通りにまとめました。


団塊世代、セカンドライフを一言で言うと「悠々自適」

 団塊世代(以下団塊)に「あなたが考える理想の『セカンドライフ』を一言で言うとどうなりますか」と聞いたところ、男性では48.8%、女性では45.4%と、約半数近くが、提示された6つの選択肢から「悠々自適」を選んだ(Q1)。
 次いで、男性では「生涯現役」が23.3%、女性では「平穏無事」が17.7%となった。
 団塊より下の世代の男性では、「生涯現役」、「平穏無事」が各21.3%と同率となっている。
 女性では、団塊より上の世代の19.2%が「完全燃焼」と答えており、男性や他の世代に比べると大きな特徴となっている。これは、ちょうど子育てが終わった世代であるからと推測される。団塊、団塊より下の女性については、それぞれ17.7%、22.5%が「平穏無事」と答えた。
 団塊世代の『セカンドライフ』は、「悠々自適」でありたいという希望が込められた結果となった。

 
団塊世代、「もう一度始まる新しい人生」が大半の考え

 次に「あなたにとって『セカンドライフ』とはどのような意味合いを持っていますか」という問いで3つの選択肢を示したところ、団塊男性では58.1%、女性では49.2%が「もう一度始まる新しい人生」(Q2-1)と答えた。
 また、団塊女性では43.1%が「人生の集大成の時期」とし、男性(19.8%)に比べると「人生の仕上げ」としての意味合いを感じている人が多いようだ。
 また男性は、女性に比べると「現役時代の後の余生」と捉える人の割合が多く(男性22.1%、女性7.7%)、やはり「現役=仕事」と捉える傾向が高いようだ。さらに、「『セカンドライフ』でやってみたいこと」を全員に聞いた結果、『セカンドライフ』を「もう一度始まる新しい人生」と考える人は、習い事・スポーツ、生涯学習など新たに何かを始めることに関心を示しており、「人生の集大成の時期」と考える人は、海外渡航などのイベント的なことに加え、ボランティア活動等の社会貢献への関心を示している。また「現役時代の後の余生」と考える人は、「暮らし方」や「(自分の得意なことを)講師として教える」に関心を向ける傾向があるようだ(Q2-2)。


セカンドライフを一緒に過ごしたいのはやっぱり「配偶者」

 さて、『セカンドライフ』を「悠々自適」に「もう一度始まる新しい人生」として楽しもうとしているシニア世代であるが、「あなたの周りにいる『セカンドライフ』を共に楽しむことができる人はどんな人ですか」と聞いてみると、団塊男性では46.5%、団塊女性では38.5%が「配偶者」と答えており、男女共に「配偶者」がトップという結果(Q3-1)となった。
 「一人では生き甲斐が半減する」(団塊上男性)、「とても大切なため」(団塊男性)、「二人で楽しむのが私達のモットーだから」(団塊上女性)、「共に喜びけんかをする素直な相手」(団塊女性)など、仲の良い夫婦ならではのコメントがみられた(Q3-2)。
 セカンドライフの満足度が非常に高い人の74.5%は、セカンドライフに入る前から何かしらの準備を始めていると答えており、「『セカンドライフ』を有意義に過ごすための準備として『セカンドライフ』に入る前から行っている(いた)ことは何か」を聞いてみると、団塊男性では「マネープランを立てる」(32.6%)、団塊女性では「趣味・生涯学習などのクラブ・講座に参加する」(41.5%)が最も多く選ばれたが、「夫(妻)との関係を良くする」についても男性では29.1%、女性でも20.8%が選択した(Q4)。
 「お金」や「趣味」の充実など、物理的な部分の準備も大切であるが、「ともに楽しめる、喜びをわかちあえる」という心の満足度を上げる準備も、同時に非常に必要であると考えていることがわかる。有意義な『セカンドライフ』を迎えるにあたっては、早めに始める「良い関係づくり」が重要となってくることが、この結果からわかった。


<ハートフォードおよびハートフォード生命保険株式会社について>
 フォーチュン100社の1社であるザ・ハートフォード・ファイナンシャル・サービシズ・グループ・インク(ニューヨーク証券取引所取引コード:HIG、以下「ハートフォード」)は、米国で最も由緒ある大手保険および金融サービス会社の1つであり、ミューチュアル・ファンドを含む投資金融商品をはじめ、各種生命保険、団体年金、団体生命保険、自動車保険、住宅保険、法人向け損害保険などを提供しています。2005年における収入は約271億ドルに達しています。ハートフォードは、日本、ブラジル、英国で国際事業を展開しています。ハートフォードに関する詳細な情報についてはウェブサイト(www.thehartford.com)をご覧下さい。ハートフォード生命保険株式会社は、ハートフォードの日本法人です。ハートフォード生命に関するより詳細な情報については、当社のホームページ(www.hartfordlife.co.jp)をご覧下さい。
 また、本リリースには、米国1995年私募証券訴訟改正法(Private Securities Litigation Reform Act of 1995)において定義されている将来の見通しに関する情報が含まれています。投資家の皆様にはこのような将来の見通しに関する情報が、当社の将来の業績を保証するものではなく、また実際の業績は大きく異なる可能性があることをご了解願います。また投資家の皆様におかれましては、当該リスクおよび不確定要素は将来の当社業績に影響を及ぼす可能性があることをご理解いただきたいと思います。このような重要なリスクおよび不確定要素には、米国証券取引法により報告が義務付けられている四半期の報告書(10-Q)や2005年の年次報告書(10-K)に記載されている項目が含まれます。
 また、当社では、本リリース発表後にその内容を更新する義務を負いません。


<株式会社シニアコミュニケーション(東証マザーズ:2463)について>
 日本で唯一のシニアマーケット専門機関であるシニアコミュニケーションは、主な事業内容として「シニアマーケットを狙う企業に対してのサポート事業」、「シニア向け商品の共同開発事業」、「シニア関連事業者への投資事業」を行っております。6年間で2,200件を超えるシニア向け定性・定量調査を実施し、1300件以上の企業や500以上のシニア会員組織とのネットワークを保持しています。また、32万人の会員を持つシニアコミュニティサイト「STAGE」(http://www.stage007.com/)の運営、シニアのオピニオンリーダー1万人限定の会員組織「MASTER」の運営などを通じて、シニアの細かなニーズをリアルタイムに収集する仕組みを保有しています。詳細な情報についてはホームページ(http://www.senior-com.co.jp/T)をご覧下さい。



リリース本文中の「関連資料」
http://release.nikkei.co.jp/attach_file/0148316_01.pdf

 今日はデジタルカメラに関するお話をしたいと思う。

 デジタルカメラに関して、「画素数」とか「解像度」という言葉をよく耳にすると思う。なんのことか良く分らなくて、聞き流している人も多いのではないだろうか。
 そこで、「画素数」とか「解像度」について、簡単に説明してみようと思う。時間のあるときに、以下を読んでみて欲しい。

 そもそも、写真がデジタルで表現されていると言われても、なかなか実感がわかない。難しい理屈を説明しても、これまた分らなくなるので、一言で説明してみようと思う。
 「デジタル写真とは、カメラで撮った人物や風景を、色の付いた四角い点の集まりとして表現した画像」と言ったら、分った気分にならないだろうか。

 この四角い点を画素と呼んでいる。L判の大きさの用紙に黒い点が一つだけだと、真っ黒な写真になる。しかし、何万個もの点があって、違った色で塗り分けられていると、何かの模様に見えるはずだ。この模様が、人物だったり、風景だったりする。
 すなわち、一定の広さの矩形が、小さな矩形で区分けされている。この小さな矩形一つを画素と呼び、それぞれに色を付けて物を表現する。その画素の数が多ければ多いほど、点の密度が高ければ高い程、その画像は鮮明に表現できることになる。
 画素数とは、写真を表現する四角い点の数のことである。そして、この画素の密度のことを解像度と言っている。
 一般的に解像度はDPIで表現される。DPIとはDot Par Inchi の略で、一インチ四方の矩形の中に何個の四角い点があるかを示している。数値が大きければ、それだけ画素が多い、すなわち密度が高いことであり、画像を鮮明に表現することに繋がる。

 デジタルカメラのフイルムに相当する部分には、画像を画素に分解するCMOSイメージセンサーとかCCDイメージセンサーと言ったICが組み込まれている。このセンサーが画像を画素に分解して記憶する。そして、この画素数で、デジタルカメラの性能を説明する場合が多い。
 最近ではギガ単位の画素数に分解するセンサーを搭載したカメラも出てきている。

 一方、プリンタの場合は、一定の範囲の中にどれだけの密度の点を描けるか、すなわち、どれだけ細かく点を描いて、画像を印刷できるかで、プリンタの性能が決まる。そこで、画素の密度であるDPIで、性能を説明することが多い。
 少し乱暴な説明ではあるが、一般的に、画素数が大きければ、大きなサイズの用紙に綺麗に印刷できるという関係にある。考えようによっては、L判位の用紙にしか印刷しないのであれば、ギガ単位の画素数は必要ないと言える。

 ちなみに、パソコン画面の解像度は、一般的には72DPIである。画面上に、鮮明な画像を映そうと思って、200DPIの画像を表示したとしても、パソコン画面は、物理的に1インチ四方に72個しか点を表示できない。そこで、200DPIの写真画像を72DPIの画面に表示する場合は、表示サイズを約3倍にして全ての点を表示するか、点の数を間引いて表示することになる。

 もし、ホームページに200DPIの画像が貼り付けられていて、そのホームページをパソコンで見ようとした場合には、サーバからパソコンには200DPIの大きさの写真画像が送られてくる。しかし、ブラウザでは、72DPIに間引いて表示していることになる。
 このように、ホームページに写真を貼り付ける場合は、72DPIのデジタル写真で充分なわけである。どうせパソコンで表示する時に画素が間引かれて捨てられるのであるから、サーバとパソコン間の通信の負荷を考えれば、最初から解像度を72DPIにしておくのが懸命とも言える。
 ちなみに、みなさんから送られてくる写真画像は、200DPI程度のものが多いが、このブログに掲載する時は、全て72DPIにして掲載している。

 ところで、画素数が多いと綺麗な写真になると取られがちだ。しかし、一概にそうとも言えない。画素数が多いことと、カメラの表現力を混同しないようにしたい。
 カメラの表現力は、単に画素数や解像度で決まるというものではなく、カメラのレンズやフイルムに当たるイメージセンサーの性能で大きく左右される。フイルムカメラでのレンズとフイルムの関係に似ている。
 フイルムカメラのフイルムに当たるCMOSイメージセンサーやCCDイメージセンサーの画像の画素への分解力と、画像を取り込む入り口であるレンズの性能が、カメラの表現力を左右する。レンズやセンサーの色の分解力や表現力が劣っていれば、どれだけ画素数が多くても、鮮明に画像を記録することはできない。

 デジタルカメラを選ぶ時は、画素数だけに目をとらわれるのではなく、利用目的や用途に合わせて選びたい。

 ちょっとややこしい話になって申し訳ない。ところで、みなさんは画素数や解像度など、あまり気にすることなく、手持ちのデジタルカメラや携帯電話で撮った写真をそのまま送ってくれるとよい。こちらで適当に処理して掲載する。気軽に撮って、身近な出来事の一文と一緒に送ってくれればと思う。

 同期のみなさんからの投稿を楽しみにして待っている。

 記事の数も多くなってきた。そこで、ブログ内の記事を、任意の文字列で検索して、探せるようにした。

 各ページの右上を見てみて欲しい。思い付いた文字列で、検索して見ると面白いと思う。

 昨日の昼食に、久し振りに吉野家に寄った。牛丼が、昼時だけの販売のようだが、復活していた。早速、「並」を頼んだ。あの吉野家の牛丼だった。舌は忘れていないものだ。
 仕事で夜遅くなって立ち寄るのが、吉野家だったとか。飲んだ帰りに寄るのが吉野家だったとか。人生のいろんな場面で吉野家の牛丼を思い出す。実は、そういうこともあって、私は吉野家の株主様でもある。
 その時期になると、優待券というのが送られてくる。その優待券を使って、今でも偶に吉野家に寄る。
 吉野家は、BSEの問題で、単品商売の危うさを知ったことだろう。今では、豚丼や焼肉定食など、メニューも複数用意している。また、牛丼の値段も100円高くして復活している。
 一時は、吉野家やマクドナルドは、商品価格を下げて、デフレ商売の象徴のように言われていた。しかし、今では両社とも、商品価格を少し上げて、デフレ脱却戦略に出ているように思う。
 牛丼の販売を中止した頃は、店内も閑散として、店員のみなさんも意気消沈しているように感じた。しかし、今では客も戻ってきている。店にも活気があった。
 いずれにしても、私に取っては、懐かしい味であり、いろんな思い出のある店である。これからも頑張ってもらいたいと思う。

投げ入れ

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 ‘いけばな’と聞くと先ず、想像するのは、剣山に木や花を刺して生けてある花ではないだろうか。私も、剣山を使って、生ける‘いけばな’から入り、剣山を使う事を当たり前のように思ってきた。勿論、今も使っている。剣山は思った形に花をアレンジできるとても便利な道具である。
 しかし、最近、剣山という針の山に、花をグサリと刺すという無粋な行為が好きでなくなってきた。もともと、‘いけばな’には「投げ入れ」と呼ばれる手法がある。花瓶や籠に、直接挿して、花をアレンジする手法で、剣山のように木や花等の素材を確実に固定できない分、少し上級者向けとなる。
 初心者の頃は、素材が思うように留まってくれなくて、「投げ入れ」のお稽古は好きではなかった。ところが、経験を積んでくると、不思議と素材が思ったところに留まるようになった。今では大概のものは思うように留めることが出来る。
 そうなってくると、剣山を使うより、花瓶に直接入れる「投げ入れ」の方が、好きになってきて、最近は、ほとんど「投げ入れ」で生けている。
 写真の作品は、カラー2本、シンビジューム1本、モンステラ1本を使って、青磁の花瓶に「投げ入れ」で生けてみた。僅かな数の素材で、広い空間を飾ることが出来るのも、‘いけばな’の特徴の一つである。特に、「投げ入れ」では入れ物(花瓶)の存在が大きいので、素材の数が少なくても、結構、様になる。素材の費用も馬鹿にならないし、そんな理由も手伝って、つい、「投げ入れ」にしてしまい、最近は剣山の出番があまりなくなってしまった。

宝くじ

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 師走の我々庶民の楽しみの一つに年末ジャンボ宝くじがある。でも、私は買ったことがない。
 宝くじを買わないというのではなくて、全く他人まかせなので、なんとなく買う気がしないと言った方が良いだろう。

 私の場合、宝くじと言えば、ロト6を買っている。自分で数字を決めるので、多少なりとも自分の力でなんとかしているという感覚になれる。
 ロト6の仕組みは、1から43の数字の中から6つの数字を選んで投票して、一週間に一度、発表される6つの数字に合っていれば当たりというものである。
 6つの数字一組が200円だが、投票用紙には5組記入できるようになっているので、多くの人は5組記入して、1000円にして買っているようである。

 面白いと思ってやってみたが、6個の数字を決めるのが結構厄介だった。そこで、乱数を発生させて、6個の数字を5組表示するというプログラムを作った。それをホームページにして、携帯電話でも見れるようにした。
 出張した時など、宝くじ売り場を見かけたら、携帯電話でこのプログラムが動くホームページを見て、ロト6を買うのが楽しみになっている。
 でも、毎週一枚以上は買わない。それでも、時たま一万円とか六千円とか当たって、今までの戦果は、トントンというところである。

 自分で作ったプログラムで、ひょっとしたらという、小さな夢を膨らませながら、昨日も一枚買ってきた。
 もし、みなさんも興味があったら、「ロトナンバー予想」を試してみたら良いと思う。もちろん、当選したからと言って、分け前をよこせなどと無粋なことは言わない。

 皆さん、いつも素敵な写真を有難うございます。

 私はメカ音痴で、仕事で必要なことだけが精一杯で・・・
 こちらの写真を送れないのが残念です・・・

 私の住んでいる街もやっとクリスマス飾りがされました。
 駅前にカナダ杉が数本あって、10階建てのビル位の高さなんですが、ひとつがライトアップされ高層ビルやその周りもささやかにピカピカしています。

 ♪真っ赤なお鼻のトナカイさんは~♪カナダ杉を贈ります♪携帯で撮りました♪

 kokko

 今日、同期生が仕事で富山から来た。電話で待ち合わ場所を決め、金沢の街で昼食を一緒にとった。
 冬場は、なかなか青空は拝めない北陸地方だが、今日は、久し振りに青空が広がる気持ちの良い一日だった。そんな金沢の街を兼六園に向かって車を走らせた。
 金沢城の傍にあるKKRホテルの白梅亭で昼食にした。お昼もかなり過ぎていたので、残念ながらお得なランチメニューは終わっていた。そこで、せっかくの金沢だからと思い、金沢の郷土料理の治部煮が付いた定食を注文した。しかし、治部煮は鴨料理で、彼は鳥がダメということを忘れてしまっていた。申し訳ないことをしてしまった。
 ゆっくりと食事をした後、ホテルの玄関で別れた。そろそろ、富山に着いている頃だろう。

 今年はまだ初雪を見ていませんね。
 昨日の、青空にくっきり浮かんだ立山連峰は、気持ちを和ましてくれました。

 お昼頃、目にした東の山々の景色は、それはそれは素晴らしいものでした。
 やさしいクレープ地のスカーフをまとったような剣岳・・・・・
 平野から立山連邦に向かう山々は緑が濃く、大パノラマを見ているようでした。
 昼食タイムに、呉羽山までドライブして、シャッターを切ってみましたが。
 写真を撮る技術は今ひとつふるいません。
 この私の説明で素晴らしい景色を想像してもらえるとうれしいです。
 晴た日、空気の澄みわたった日中の立山は最高です!!。
 師走・・・・風邪をひかずに仕事に家事に、etc
 励みましょう。


 城址公園前、第一ホテルあたりの冬景色です。
 つい2~3週間前まで、まだ暖かい日差しが感じられた
 富山でしたが、今はもうすっかり冬景色、初雪が間近の今日この頃です。
 友人が出演する「モーツアルト生誕250年記念、セレブコンサート」の帰りどこまで撮れるか分からないまま、シャッターを押してみました。
 最近はエコロジーの思想が行き渡ってか、電球の数が減っているように思えます。
 でも街路樹にともされるイルミネーションは街の風物詩ですね。
 12月31日までこの光景が臨めます。
 忘年会の季節です。寒さの折り、風邪を引かないように・・・・・
 お互い気をつけましょう!


食堂

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 若い頃、横浜の工場に勤めていた。その町には、多くの工場と、そこに勤める多くの人達が生活し、町は活気に溢れていた。
 残業なども多く、なかなか定時に帰れる日は少なかった。しかし、それでも、仕事の区切りには打ち上げと称して、仕事仲間で町の焼き鳥屋などに繰り出した。
 焼き鳥屋とは言っても、モツなどのホルモン焼きの店である。富山の総曲輪にある両国のような店である。焼き鳥屋の二階にある座敷で、コップ酒でガヤガヤと集まることが多かった。多くは係りの仲間で飲むのだが、たまに、課長や部長を呼んでの飲み会ということもあった。
 しかし、課長や部長がいるのは、大抵は一次会までで、後は仲間での宴会となる。部課長もその辺はわきまえていて、この辺で一次会を締めますと声が掛かると、一本締めかなにかをして、静かに何処かに消えていくというのがお決まりだった。

 そんな時代である。工場には、社員食堂があった。ある時、英国だったか米国だったか思い出せないが、外国から来たお客さんが、社員食堂での食事風景を見て、「ブロイラーが餌を食べているようだ。」と言っていたという話が、工場内で話題になったこともある。「家は、ウサギ小屋」と言われていた時代だ。
 工場には沢山の人がいたから、15分位の間隔で3パターン、食事の時間帯が別れていた。昼食のチャイムが鳴ると、その時間帯に割り当てられた者が、各職場から駆け出してきて列を作る。定食をお盆に受け取って、空いた席に座り、もくもくと食べ、食器を片付け、次の時間帯の人に席を譲る。言われてみれば確かにそんな感じではあった。
 短い時間に、沢山の人の食事を作らないといけないことや、衛生上の配慮からか、おかずは揚げ物とか炒め物が多かったように思う。また、ご飯と言えば、多少パサパサとしていたり、べとっとした感じだった。当然ながら、古米、古古米を使っていたのではないかと思う。
 とは言うものの、町の食堂の1/3位の値段で食べれたので、ありがたかった。工場の外には、中華店とか蕎麦屋、社員食堂のシステムに似た定食屋、こ洒落た食事処なども沢山あり、社員食堂に飽きたときなどに利用していた。

 最近、私の住んでいる町の周りで、この定食屋に似た食堂を目にするようになってきた。野々市食堂もこの定食屋である。店の名前は忘れたが、富山の国道41号線のアピタ近くにも似たような食堂があったように思う。
 まだまだ好奇心は旺盛である。野々市食堂に、昔の社員食堂の感覚で、ちょっと入ってみた。
これが「実に、旨かった。」のだ。
 おかずとして、揚げ物や炒め物、焼き魚、煮物、酢の物と、いろいろと種類も多く、組み合わせ自由である。そして、ご飯も新米を使い、その日の分はその日に精米して、大きなガス釜で炊いて、炊きたてを出してくれる。なにせご飯が美味しかった。
 そして、家族連れが多いのに驚いた。小さい子供達連の若い夫婦が沢山いた。ファミリーレストランではなく、こういった食堂を利用しているのだ。ファミリーレストランが衰退しているが、時代が変わっているのだ。

 そう言えば、ファミリーレストランは、何処でもメニューは同じという安心感もあるし、食事の後にコーヒなどで時間調整するのにも便利という事もあって、出張の時などの待ち合わせや打合せ場所としてもよく利用する。
 確かに利用者には、そんなビジネスマンが多いように思う。これからのファミリーレストランは、ビジネスマンをターゲットにしたビジネスレストランへと変わっていくのかも知れない。

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