2007年1月アーカイブ

 昨日は、今年一番の快晴となった。こんな快晴は、冬の北陸地方ではめったにない。晴れたときでも山頂に雲が掛かっていることが多く、なかなか思うように立山連峰は見えない。
 実は、氷見市のホームページにある遠隔操作ができるカメラで、リアルタイムに立山連峰を見ることができる。
 早速、そのページにアクセスした。案の定、朝の内は、立山連峰には雲が掛かっていて、よく見えないようだった。しかし、昼近くになると、その雲も取れて、薄っすらと立山連峰が見えていた。
 天気予報では、明日からまた天気は崩れるとのことである。今しかないと思い、カメラを取ってラパンを走らせた。山側環状道路で金沢森本ICに出て、北陸道を富山に向かう。
 倶利伽羅峠 (くりからとうげ)を過ぎ、小矢部インターへのカーブを右に曲がったところで、立山連峰が目の前に迫ってきた。この分では、日本海越しの立山連峰も期待できるとワクワクしてくる。
 小矢部ジャンクションから立山連峰を右手に見ながら、能越道を終点まで走って、氷見に向かった。

日本海越しの立山連峰 最初の写真は、「虻が島(あぶがしま)」越しに見る立山連峰、真ん中が「唐島」越しに見た立山連峰である。
 虻が島越しの写真は、同じく写真を撮りにきていた老夫婦と、どちらからともなく、にっこりと挨拶をしながら、シャッタを押した。
 唐島越しの写真を撮った帰りに、幼稚園児を引率する先生と「こんには。良い天気ですねぇ~」と挨拶を交わしながら車に戻った。園児たちは、「わぁ~、きれいだぁ~」とワイワイと私の傍を通り過ぎていった。
 最後の写真は、雨晴(あまばらし)から見た立山連峰である。ここでも、地元のおじいさんに、「どう。よい写真撮れた?」「こんなに良く見える日は、めったに無いからねぇ~」と声を掛けられ、挨拶しながら、海越しの立山連峰にしばし見入った。

 氷見から高岡に出て、能越道から北陸道を通って家路に着いた。車のステレオからずっと流れていた「一青窈(ひととよう)」の歌が、なぜか似合っていた。

 私の勤務する学校は、一般に、あまり知られていませんがこぢんまりと「プロの調理人を育てる機関」(養成期間2年制)として15年の歴史を重ねています。高卒者のための公立の調理師養成所は全国に類を見ない学校です。

 先週実施された今年度の卒業実技試験についてPRしたいと思います。
 卒業学生は48人。23日に22人が日本料理、24日に10人が中国料理、25日に16人が西洋料理を、それぞれ、自分の得意とする分野で腕をふるいました。
 作品は校内に終了後、丸1日、展示公開しました。展示が目的ですので、料理は食べません。
 試験官であるホテルなどの講師調理長は、できあがった料理ばかりでなく、作業過程も厳しく採点します。


 まず日本料理の完成度の高かった学生の作品を紹介します。
 日本料理では天然物の鯛の姿造りと、より人参3つ以上が課題です。
 鯛の皮がうまく引けていること。濃いピンク色に雲がかかったようにうっすらと白い皮目が残っているのがよい引き方です。造りの角がしっかり立っていることなどがポイント。


 中国料理は伊勢エビの冷凍のものクリーム煮と、トマトの花切りが課題。
 ぷりぷりとした伊勢エビに仕上げること、クリームの艶、トマトの繊細な切り具合と花形、伊勢エビを豪華に盛り付ける工夫など、これもなかなか奥深い料理です。


 西洋料理は鴨ステーキオレンジソース・人参のシャトーのグラッセが課題。鴨の内部の焼き具合がほんのり「レア」であること、オレンジソースの煮詰め方や、色が適切であること。人参のシャトーの形がきれいになっていて、グラッセの艶、柔らかさなどが評価されます。
 それぞれ課題に対して、他に2品献立を自分で考え、片付けもすべて含んで100分で仕上げなければなりません。課題料理と自由献立のバランスももちろん大切です。なお、この献立は、事前に試験官に提出しなければなりません。
 2年間調理を学んだとしても、なかなかここまでたどり着くのには大変です。
 生徒たちが無事作り終えたとき、2年前の幼い姿と重ね合わせ感慨ひとしおです。教師の醍醐味でもあります。
 マジメな学生は冬休みに何度も何度も練習して頑張り、試験に臨んでいます。
 さて料理が美味しく仕上がっても器やテーブルコーディネートがうまくいっていないと料理は完全とは言えません。
 間際まで食器、ナイフフォーク、箸、テーブルクロスやマット選びに余念がない48人の卒業予定者たちでした。でも実は、彼らはまだ筆記による卒業試験が残っています。

 私にとって、彼らのテーブルセッティング作業を手伝うのも、また、楽しいひとときでした。


 東京や大阪にも調理師養成の専門学校が多々ありますが定員200人とか120人では、すべての学生がこれほどまで時間をかけて卒業実技試験はできないでしょう。
 その点、少人数であれば、卒業まで行き届いた指導が可能です。しかし、施設設備は都会や私立の専門学校にはかなわないのが実情です。でも、日本で一番、費用をかけずに「調理師免許取得可能」な学校なのです。
 関心のある方どうぞ、2次入試に、まだ間に合いますので知人にお知らせください。
 大学卒もいれば、やり直し組の社会人、定年退職後入学した人も学んでいるユニークな機関です。
 最後の写真は西洋料理の評価委員であるレストラン小西オーナーシェフから講評を受けている学生の写真です。

 この季節はやはり「おでん」だ。だいこん、がんも、つくね、ばくだん、ロールキャベツと言うのも良い。でも、なんと言っても「かに面」である。
 金沢の香林坊にあるティファニーの前の信号を渡って、ちょっと下ったところに「よし坊」というおでん屋がある。何年か前に、某国営テレビで、金沢のおでんとして「かに面」を紹介していたけど、金沢で、「かに面」を食べさせてくれるのは、私の知っている限りでは「よし坊」だけである。「かに面」は、金沢の郷土料理のような誤解を与えるような紹介はまずいと思っている。
 まぁ~、理屈っぽい話は別にして、よし坊の奥さんの受け売りだけど、おでんの具には、味を吸う具と、味を出す具があって、この具のバランスが、その店の味。多分、そうだろうと思う。だから、奥さんに教えてもらった店の秘伝の作り方で、自分の家で「かに面」だけを作ってみたところで、やっぱり「よし坊」の味にはかなわない。
 そういえば、店の奥さんが、先週、ミスター阪神タイガース掛布さんが、久し振りに店に寄ったとか。富山の高岡で講演会があったが、よし坊のおでんが食べたくて、金沢に宿を取った。ところが、よし坊の名前が思い出せなくて、太洋の加藤さんに電話して、店の名前を思い出したと、嬉しい話をしてくれたと。現役の頃、地方での試合の時に、二人でよくよし坊に来ていたようである。
 携帯電話のストラップにするような、KAKEFUと書いてある小さい野球ボールをくれたので、サインをして頂戴と頼んだら、ペン先が太いのどうのと言いながらも、心よくサインしてくれたと言って、そのサインボールを見せてくれた。
 その内、掛布さんの経営する店で、かに面を出すようになるかも知れない。でもやっぱり、かに面は「よし坊」。まねはできないと思う。

 香箱カニで作る「かに面」が美味しいのだけど・・・。まぁ~、細かい事情は別にして、この時期でないと「かに面」は作れない。冬のこの時期に、来沢あれ。

 富山に出張するときは、自分で車を運転していく事が多い。しかし今回は、事情があって高速バスで出張した。仕事が終わるのが夕方で、家に帰ってから食事をするにも中途半端ということもあって、同期のみんなに連絡してみた。私の身勝手な我侭に、4名のみんなが、付き合ってくれた。
 富山駅北口のオーバードホール隣にあるカナルパークホテル富山の創作料理WAZAというレストランで、プチオフ会ということになった。
 日頃のいろいろな情報交換というか、人生交換というか。そろそろ定年という話から、団塊の世代ってとか、孫の話とか、足の健康の話とか、重い話し、軽い話。いつものことならが玉石混合、話題に事欠かず、別れてみれば、なんだったか分らないけど、なんとなくすっきりした、そんな会になった。
 このレストランは、昼食の時間帯には満席なことが多く、席が空くのを待って人が並んでいることも多い。しかし、昨晩は我々が貸切っているのではないかと思える程だった。
 そもそも、富山駅北口の人通りそのものも少なかった。オーバードホールでコンサートがある時や忘年会とか新年会といったイベントが多い時期を除いて、夜の北口には人が集まる場所が少ないからかも知れない。

IMG_0043.gif

福梅 季節の節目になると「これ」というものがある。金沢の正月のお菓子と言えば、「福梅」である。

 「紅白」はおめでたい時の色。加賀の藩主前田家の家紋「剣梅鉢」の梅をかたどった紅白のお菓子が「福梅」である。最中皮の中には大納言小豆のあんが入っており、外の最中皮には細かいグラニュー糖がまぶされている。甘味も少し濃厚で、寒い北陸ならではのお菓子だ。
 福梅は、ある特定のお店のお菓子というわけではなく、正月になると金沢のいろんな和菓子屋が、店自慢の福梅を作る。

 紅白と言えば、金沢の鏡餅も紅白である。富山の鏡餅は、白いお餅を重ねるのが一般的だが、金沢では、白い餅を下にし、紅い餅を上に重ねて鏡餅にする。

 加賀百万石の藩主前田家では、紅白の鏡餅に紅白のひし餅を乗せ、その上に小さい丸餅をいくつも重ねるのが正月の鏡餅たったようである。城下の町民もそれに習って、紅白の餅を重ねて飾るようになったのだろう。

 そういえば、出張の手土産にと思い付いて、近所の森八に福梅を買いに行った。しかし、もう完売したとのことだった。今年の正月も過ぎたのだ。


断崖

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20070116_1.gif 松本清張の「ゼロの焦点」の舞台になった能登金剛ヤセの断崖の突端は、崩落の危険があって、柵で行けなくなっている。
 最近のテレビニースでは、家族の絆も気薄になって個人主義、殺伐とした風潮を感じさせる事件の報道が続いている。
 私たちは一人ではない。私たちの回りには、気遣ってくれる家族や友達が沢山いる。そんなみんなの気持ちを感じ、感謝して過ごしていこう。私も気が滅入った時には、遠慮なくみんなに頼ろうと思う。

 順調にスリムになってきていると思っている。顔も一回り小さくなってきたようなので、床屋で髪を刈り上げてもらった。 ところが、これを見た友人に、顔がふっくらしてきたのではと言われてしまった。髪型のせいだろうとは思ったのだが、まだまだ努力が足りないということだろう。

 ダイエットには運動が一番と思い、朝一番にスポーツセンタで走る機械に乗っている。スポーツセンタのインストラクタが、ダイエットについて、いろいろと教えてくれた。

 運動には有酸素運動と、無酸素運動があり、これらをうまく組み合わせるのが良いとのことである。有酸素運動は、酸素を消費して脂肪を燃やす運動であり、ジョギングとか水泳といった運動である。一方、無酸素運動は、筋肉を鍛え基礎代謝量を増やす、腹筋運動とかのストレッチング運動である。

 どこまで本当なのか定かではないが、インストラクの言うには、朝、有酸素運動をすると、身体がエネルギを消費する時に、脂肪燃焼を優先させるという道筋がついて、身体に蓄えられている脂肪が燃焼され易くなるとのことである。そして、晩酌を控えることで、夜に脂肪が蓄えるのを減らせるといった、好循環が生まれたのではないかと説明してくれた。

 なる程、私が多少痩せてきたのにも、それなりの科学的根拠があるようである。

 今までは、有酸素運動で、一定のカロリーを消費することに心がけていたが、これからは、有酸素運動の前に、基礎代謝量を増やす無酸素運動を取り入れて、体脂肪率の減少にチャレンジしてみようと思う。

 札幌厚生病院循環器科の「無酸素運動と有酸素運動」や、おか製剤薬局の説明が分りやすかったので、参考にしてもらえればと思う。

昇仙峡・覚円峰 この写真は、今から28年前(1979年)の、丁度今頃の昇仙峡の写真である。
 昇仙峡は、みなさんもご存知と思うが、甲府市にある渓谷で、渓谷美は日本一と有名である。
 写真中央にある昇仙峡の主峰は、その昔、覚円が畳が数畳敷ける広さの頂上で修行したと言い伝えられていることから『覚円峰』と言われている。
 昇仙峡観光協会のホームページに、昇仙峡の写真が掲載されている。季節は秋のようだが、似たような場所から撮影したもののようである。木の生え具合など、28年前とあまり変わっていないように見える。(実際に見比べてみたら面白いと思う)
 28年前は何をしていただろうか。二枚の写真を見比べていると、当時のことが、少しづつ断片的ではあるが思い出されてくるのが不思議である。


武士の一分 昨日(火曜日)はレディースデイ、何が何でも映画を観るぞ! と固い決心をして学校を出た。(PM6:00)
 要領が悪いというか何というか、勤務時間をいつも超える生活を続けること30数年。
 「要領よく仕事を済ませ、学校を出る」・・・・今年はそれを実践しようと決意。(できないかも・・笑い)

 予定では「硫黄島からの手紙」を観るつもりだったが、今日から時間が変わって20:00からになっていた(あっ要領悪い!)
 せっかく来た映画館!!・・・帰るのも悔しいぃ!
 山田洋次監督はいいけれど主役がキムタクではと、侮っていた「武士の一分」を観て帰ることに急遽変更。この選択は是か非か?迷った! が、1000円で十二分の満足を得た!

 「あんな、整い過ぎの美男子は嫌!(キムタク!は軽い!)」と決めていた自分を恥ずかしく思った。ともかく「よかった!!」キムタクは演技がうまいとは言えないが、一生懸命が伝わってくる。
 日本人のなかにある(あった)慎ましやかで、潔く、美しい物腰。(今はもう失われている!)ほのぼのとした夫婦愛etc・・・。四季の移ろい、陽、陰、風で表現されるシーンが実に美しい!
 「ユートピアだ」とその昔、鎖国の日本人の生活を表現した欧米人がいたと言うが、まさにそれだ。
 江戸時代の侍、とある名もない地方(鶴岡と設定)の下級武士の生活(衣、食、住)の細やかな演出にも感動!・・・麻の裃にアイロンを当てるシーン、素朴な煮物、みそ汁を箱御膳でいただく食事、箸や椀の扱い、手洗い(水の扱い方)、畳み目・床の間の柱等々。何一つ無駄のない生活がなんと美しく映像化されていることか!
 まだ、鑑賞しておられない殿方、是非ご夫婦で(恋人デモ可!!きけん?)、女性にはきっと喜んでもらえる映画だと思う。

 女房役の女優「檀れい」の演技もいいが、年甲斐もなく木村拓哉のファンになった2007年1月9日でした。終わり。

謡い

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金沢能楽美術館 昔、町内の子ども会や、勤め先の独身寮などのバス旅行で、バスガイドさんのマイクを回してもらって、みんなで歌を歌うことがよくあった。その頃は、今のようなカラオケなどはなく、手製のガリ版刷りの歌詞カードを見ながら、みんなの手拍子に乗せられて歌ったものである。今でも、「高校三年生」とか、「青い山脈」といった歌が、なにかの拍子に、口をついて出てくる。
 お正月だ、お盆だと、何かと親戚が集まって宴会になった。小学生の頃までは、訪れる叔父などからお小遣いがもらえて、楽しみでもあった。祖父や叔父、父などが、自慢の謡曲を謡うのが恒例で、「高砂」「鶴亀」、宴の締めは、いつも「千秋楽」だった。そんな謡曲の一節もまた耳に残っている。
 金沢21世紀美術館の隣に、新しく「金沢能楽美術館」が開館した。能面のポスタを見ていると、祖父や叔父、父の謡の一節が思い出される。

こも

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長町武家屋敷 香林坊の日銀の横の坂を降りた辺りの長町に、加賀藩士・中級武士達の武家屋敷が並んでいる。
 土塀の石は金沢城の石垣にも用いられた戸室石だという。そして、冬のこの時期、土塀は、藁で編んだ「こも」で雪から守られている。その風情は、金沢の冬の風物詩ともなっている。
 この日銀のすぐ裏手に、能登牛のステーキを食べさせてくれるカウンタだけの小さなステーキハウスがある。そして、冬の夜には欠かせないおでん屋もある。
 雪のひと夜、香箱蟹のおでんで、内子でも食べながら、昨日と今日、そして明日を語りながら、一杯やるのはどうだろうか。お酒はいつもの立山がよい。一声掛けてくれればと思う。私はいつでも準備はできている。

20070107_1.gif あけましておめでとうございます。
 とてもダイナミックな、お正月の生け花、楽しませてもらいました。作品を見て、あなたらしい情熱を感じました。 北陸には、珍しい快晴のお正月でした。今年も元気で、お互いに、佳き年にいたしましょう。

 ところで、昨日から成人の日を含め「3連休」ですね。 私は昨日、「めぐみ」という映画を観てきました。
 アカデミー賞ドキメンタリー部門最有力候補と言われている作品だそうです。
 拉致被害者の横田めぐみさんのことを描いた作品ですが、両親の子を思う情に突き動かされ、日本、世界が、大きく動き始めたことが切々と描かれているように思いました。

 レディースデイの火曜日には、「硫黄島からの手紙」を観に行こうと思っています。
 今年のお正月は、観たい映画がたくさんあります。

 では、また

 1月5日の日経の報道によれば、

<日経>◇大量のCO2、地下に封じ込め――地球環境技術研究機構
 官民共同研究機関の地球環境産業技術研究機構は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)を地中に大量に封じ込める新技術を開発した。地下の岩石と反応させる手法で、従来に比べて安定状態で貯蔵可能。日本の年間排出量の約2倍に当たる約27億トンのCO2を処理できるとみて、今後、産業界と大規模実験を始める計画だ。
 新技術では、日本の地下に広く分布している「蛇紋岩」を利用する。自然界では、無数にある岩石の亀裂にCO2が溶け込んだ水が染み込み、岩の表面と反応して塩のようなかたまりとして固定される。このため、排ガスに含まれるCO2を回収して地下に吹き込めば、大量のCO2を封じ込めることができる。
       (中略)
 蛇紋岩は北海道から九州に至る各地に散在するありふれた岩石。地下約2000平方キロメートル、厚さ約2000メートルにわたって広がっているとされ、地中に貯蔵する場所もたくさんありそうだ。
とのことである。

 工場の煙突は空に向かって立っているのが我々の常識だが、近い将来、地下に向かって立つのが常識になっているかも知れない。

正月の花

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 仕事初めの日にと、昨日、正月の花を生けた。年末に事務所用にと頼んでおいたのだが、取りに行ってみると、1メートル50センチはあるだろう松の枝が1本用意されていた。一瞬引いたが、その場でのこぎりで切って、解体し、車に積んで運んできた。事務所に着いてからも、手を松脂だらけにしながら、松を生けられる形に仕立てた。私は決してマメなほうでは無いので、こういった作業は苦手である。何度も何度も嫌になりながら、何とか、形にしたが、もう、いつもの集中力が切れてきた。後は千両、シンビジューム、極楽鳥花、菊。適当に放り込んだ。松と千両があればなんとなく、お正月らしくなる。

正月の花

 事務所は広いので、もう一杯生けたかったが、松との戦いに疲れてしまって、昨日はそこでやめた。そして、今朝、2杯目を生けた。ほとんど同じ材料で、入れたのだが、全然、違う雰囲気になった。やはり、松と千両があればお正月らしくなる。
 こんな訳で、私の初仕事は花を生ける事だった。
 
 後になりましたが、皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
 

けあらし

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けあらしの唐島 けあらしに浮かぶ唐島の向こうに、うっすらと立山連峰がそびえる。富山湾の冬景色のひとコマだ。

珈房ディーズ JR金沢駅東口の前の道を白山市方面に少し走って、片町からの道路と交差する辺りに、昨年架け替えられたばかりの御影橋がある。その御影橋のちょっと手前に、「煎りたて珈房ディーズ」がある。
 この店には、煎る前の生のコーヒ豆が置いてある。喫茶コーナでは、その日の朝に煎った豆でコーヒを出してくれる。
 今日は、メニューの先頭に書いてあったエクアドル産のグレートマウンテンという豆のコーヒと、木の実のタルトを頼んだ。
 「癖のないあっさりした味だねぇ。」とカウンタ越しに、店の女性に声を掛けた。豆の煎り具合で、コーヒの苦味や酸味、コクも変るのだと教えてくれた。この店では、8段階の煎り方があって、今日はレベル4、ちょっと軽めに煎って出しているそうだ。だから余計にあっさりとした感じになっているとのことだった。
 今度は、どのコーヒ豆にしようかと、楽しみを残しながら、店を後にした。

門出

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兼六園での門出 兼六園で出会った若い二人の門出を祝い、これからの人生に幸多かれと祈りながらシヤッタを押した。

山王さん

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1970年代の山王さん これは、我々が高校を卒業して何年か後、富山市の大和デパート近くにある日枝神社の初詣の様子をスナップしたものだ。
 日枝神社は、ホームページの「御由来」によれば、明治三十二年に富山城から、現在の山王町に移されたとある。東京にある日枝神社も山王さんと呼ばれていることから、富山城の場所にあった日枝神社をこの地に移したことで、町名を山王町としたのではないかとも思う。
 私もこの頃は、初詣は山王さんにお参りしていた。友達と初詣の後、バスが動くまでの間、みんなで西町のオールナイトでやっていた映画館で映画を見るのを楽しみにしていた。

 また、山王さんの絵馬には、日枝神社の桜の紋と、梅の紋が並んでいる。この梅の紋は、学問の神様である天神様の紋ではないかと思う。
 この天神様は北陸地方の風習と言うが、不思議なことに、富山県と福井県にはあって、石川県にはない風習である。富山県と福井県は、加賀前田藩の支配藩であった。一方、前田藩の他の支配地域や隣接地域でも天神様の風習があったとも言われている。
 また、加賀前田家の紋は梅鉢であり、天神様である菅原道真公の紋と同じようである。ちなみに菅原道真公は39歳の時に加賀権守(石川県)を任されている。この辺にもなにか秘密があるのかも知れない。

上は2006年大晦日、下は2007年元旦の日の出 新しい一年がはじまった。

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