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金沢幻影ー八尾と金沢ー(上)

四高生の日々 運命決定 「風の盆恋歌」通底する物語

高橋治.jpg 高橋治さん=2018年8月、金沢市内で

 「風の盆」になると三日間で二十五万人前後の見物客が八尾(富山市)を訪れる。この「おわら」ブームに火を点(つ)けたのが高橋治の『風の盆恋歌』である。

 この小説で八尾は全国に知られたが、高橋の金沢での回想を綴(つづ)った「金沢との出会い」(『花と心に囲まれて』所収)や「金沢の人々」(『人間ぱあてい』所収)などを読むと、八尾での物語の中に彼の金沢での逸話や金沢の街の風情が数多くちりばめられているのに気づく。八尾の街に流れるおわらの調べは「壁から謡が洩(も)れて来る」金沢の街の風情に通じ、二人の密会の家は高橋が下宿した金沢の家を髣髴(ほうふつ)とさせ、その家のくすんだ赤色の壁は金沢の情緒を漂わす。

 主人公は四高(旧制第四高等学校)の卒業生で、金沢の彼の下宿に居候した同級生は自殺し、後に彼は東京の大学に進学して堀麦水を卒業論文にするなど、高橋と主人公の経歴は重なる。そして、泉鏡花の小説が度々顔を出す。八尾の「風の盆」を小説の表舞台にしているが、根底には金沢での物語が息づいているようだ。

 高橋は昭和四(一九二九年)年千葉市に生まれ、地元の中学を卒業後、四高に入り、後に東大の国文科へ進む。人には生まれ育った故郷と、魂が目覚め、躍動して後々まで人生の糧となる心の故郷と言うべき地があるが、それが高橋には四高生として過ごした金沢なのだろう。

 四高生の彼は野球と映画に熱中し、特に映画にのめり込んだ。各大学高専映画愛好会の連合組織の会長として金沢市内のどの映画館も顔パスで入館していたという。この映画への没頭が後に彼を松竹に入社させ、映画人としての道を歩ませる。また、金沢での三年間の最初の一年半は学生寮で、後は味噌蔵町裏丁に下宿し、この下宿家のおばさんが『風の盆恋歌』の八尾の家の留守番・とめのモデルである。そして、退職した教授が卒業後二十年も司法試験を受け続けている教え子の謎を追うという筋立ての『名もなき道を』(昭和六十三年)に彼の四高時代の日々を描いている。

これをバックに来館記念に写真をどうぞ。四高記念館
四高記念館に展示されている四高生の写真 この前で記念写真が撮れるようになっている

 この小説執筆の動機は、昭和四十八(一九七三)年に外国留学歓送のクラス会が金沢で開かれた折、卒業後初めて恩師・慶松光雄教授に再会した感銘によるものだという。

 松竹入社後は小津安二郎監督等の助監督を経て松竹ヌーベルバーグを担う監督として活躍する。この間、脚本を書き、撮影、編集までも担当し、松竹退社後には戯曲も手掛け、故郷・千葉の海の汚染から環境、社会問題のノンフィクションも書く。これが機縁で大正期の日本のシベリア出兵を題材にした『派兵』を執筆する。『派兵』は高橋の初めての小説で、五年にわたり『朝日ジャーナル』に連載され、昭和五十二年に四十八歳の時に泉鏡花記念金沢市民文学賞を受賞する。この賞は高橋が作家として初めて認められた賞だった。心血注いだ大作だけに喜びもひとしおだろうが、作家としての自信も大いに得たに違いない。

 受賞に際し、高橋は「私の運命は金沢と結びついている」と述べた。受賞の喜びばかりでなく、「泉鏡花記念」の賞名にも感慨深いものがあったのだろう。彼が四高に志望したのは「鏡花の生まれた土地だった」からと『風の盆恋歌』の主人公に言わせ、「金沢との出会い」では鏡花と島田清次郎ゆかりの地だからと述べている。

 鏡花を特に好み、高橋家客室床の間には「雪洞をかさせは花の梢(こずえ)かな」の鏡花の俳句の軸が掛かっている。鏡花に魅せられて金沢に来て、そこでの青春が映画人としての道を歩ませ、今再び、金沢で鏡花ゆかりの文学賞で作家への道を確信する。金沢はまさに高橋の運命を決定する地だった。

 金沢美術工芸大の非常勤講師を六年間務める傍ら、次々と小説を発表して『秘伝』(昭和五十九年)で直木賞を受賞し、作家としての地位を確かなものにした。また、俳人(俳号・台水)でもあり、映画、演劇の手法を駆使した彼の文学世界はますます多彩な広がりを見せている。

立野幸雄

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